日本創新党党首 山田 宏 公式ホームページ
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日本創新党党首 山田 宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」を公開しています。
政治に関する考えから、日々の気づいた事柄まで何でもご紹介致します。


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いざ、決戦へ

2010.06.23

 再生か消滅か―。
 日本の未来を占う第22回参議院議員選挙が、6月24日に公示されます。
 私は、「子供にツケを回さない!」をキャッチフレーズに、日本創新党の党首として、また、東京選挙区の候補者として、この選挙戦を戦います。
 私がこの参院選で何より訴えたいこと、それは、「日本人よ、正気を取り戻せ」ということです。

 今から65年前、ある青年が自分の両親に宛てて、こんな手紙を書きました。
「お父様、お母様、ただ今出撃の命令が出ました。今から、元気に行ってまいります。長い間、お世話になりました。本当は、もう一度お目にかかって、お礼を申し上げたかったけれど、そういう暇がございません。私のリュックサックには、お酒や缶詰が入っています。軍から支給されたものを、いつか家に帰った時に、みんなと一緒に楽しく食べようと思って残しておいたものですが、今は、そのことが出来なくなりました。この缶詰やお酒は、皆さんで分けて、食べて下さい。それでは行ってまいります。長い間、ありがとうございました」

 靖国神社が編集する「英霊の言の葉」の中に記されている、戦死された20歳の青年の遺書です。
 私は、東京都杉並区の区長を務めていた11年間、毎年の成人式で必ず、新成人たちにこの手紙を読み聞かせています。すると、それまでざわついていた会場が水を打ったようにシーンとする。11年間、私語一つありませんでした。自分たちと同じ年齢なのに、死を目前にして、これだけの感謝の気持ちを両親に伝えることができる。そのことに、誰もが言い知れぬ感動を覚えているようでした。

 この手紙が書かれてから13年後、昭和33年に私は生まれました。
 その年、日本政府は初めて、海外への経済援助を始めました。当時、日本はまだ貧しく、世界中から経済援助を受けている側の国でしたから、なぜ海外に経済援助をするのか、そんな余裕がどこにあるのかと、国会で議論が巻き起こりました。
 しかし、その時の政府の対応は、凛としたものでした。政府は、毅然としてこう答えたのです。
 確かにわが国は貧しい。援助を受けている側の国でもある。しかし日本が、国際社会で名誉ある地位を占めるためには、日本よりも貧しい国に対して、援助する側に立たなければならない。これは貧者の一灯であります━━と。
 貧者の一灯。形式よりも真心を尊ぶ精神が、当時の日本にはありました。
 
 それからさらに50数年、現在の日本は、誰もが自分のことしか考えていないかのようです。あの高い志は、いったいどこへ消えてしまったのでしょうか。
 とくに政治の堕落は、目に余るものがあります。民主党や自民党など既存政党は、選挙目当てのバラマキ合戦に終始し、貧者の一灯の精神を粉々に打ち砕きました。

 そのバラマキの一つに、自公連立の麻生政権下で実施された、定額給付金があります。当時杉並区長だった私は、この財政難にあって一人1万2千円、総額2兆円の給付金などとんでもないと発言しました。
 すると大勢の方から、山田区長の言う通りだ、こんな無駄遣いは即刻止めるべきだと、メールや手紙をいただきました。しかし、いざ定額給付金が配られ始めると、メールや手紙の内容がガラっと変わります。「杉並区ではいつ配るんですか」。「何で遅いんですか」。「中野ではもう配っているのに」…。中には、「6月3日にレストランを予約しているけれど、間に合いますか」というものもありました。

 今年になると、今度は民主党が、子供手当てをバラマキます。
 テレビを観ていたら、赤ちゃんをだっこしたお母さんが、「子供手当てはありがたいです。とても助かります」と答えていました。しかし、その子供手当てのお金は、空から降ってくるものではありません。税金でもありません。借金なのです。お母さんが手にした子供手当ては、お母さんが抱っこしている赤ちゃんが大きくなって、必死に働いて、支払うものなのです。
 自分の今の生活のために、子供にツケを回す。それで果たして、いいのでしょうか。一体いつから、日本人はこんなにさもしくなってしまったのでしょうか。

 誤解しないでほしいのですが、私は、日本人の全てが堕落したとは思っていません。成人式で特攻隊の遺書を読んだとき、シーンと静まり返ったのは、かつての日本人の美徳や利他的な精神が、今の若い人たちにも残っているからです。
 ただ、表面的には最近の若い人たちに覇気はありません。自立して生きよう、人の迷惑にならないようにしようという、一昔前なら誰もが当たり前のようにもっていた意識が、希薄になっています。

 何故か――。
 既存政党による選挙目当てのバラマキ政策が、国民からやる気を奪っているからです。
 もうこれ以上、国民のやる気を奪い、日本人の美徳を失わせるような政治は、終わりにしようではありませんか。既存政党によるバラマキ政治と、決別しようではありませんか。

 そう思って私は、永田町の論理とは一線を画した地方の首長や議員らと、日本創新党を創りました。
 国会議員がいないため、法律上の政党ではありません。政党助成金もありません。政党としても報道されません。しかし、やらなければならないのです。私たちが立ち上がらなければ、日本は3年で潰れるのです。

 既存政党によるバラマキ政治により、国の借金は860兆円に上ります。にもかかわらず、民主党政権は歳入を上回る44兆円もの借金を新たにするという、とんでもない予算を強行採決してしまいました。
 その莫大なツケを払うのは、子供たちなのに…。

 ツケはお金だけじゃありません。
 6年ほど前、我が国の領土である尖閣列島に、7人の中国人活動家が上陸しました。この時は海上保安庁が適切に対応、沖縄県警も不法入国の現行犯で7人を逮捕し、強制退去処分にしました。
 なぜ、このような強硬な措置がとれたのか。それは、当時は日米同盟が磐石であり、現場海域の軍事バランスが、明らかに日本側に有利だったからです。
 しかし、ここ数年でこの軍事バランスは大きく崩れました。
 中国が海軍力を急激に増強する一方、昨年9月以降の鳩山外交により日米同盟に大きな亀裂が生じているからです。

 その中国や台湾の活動家が、来年、尖閣諸島に大挙して押し寄せてくるという情報があります。その時日本政府は、菅直人政権は、適切な対応を取れるでしょうか。海軍力を増強した中国に、毅然として抗議できるでしょうか。
 竹島が不当占拠され続けているように、尖閣諸島が今後、不当占拠されないとは言えません。そんなツケを、我々の世代で残していいはずがありません。子供たちや孫たちに、恥ずべき世代として刻印を押されてしまうことを、許してはなりません。

 子供にツケをまわさない━━。
 日本創新党と山田宏は、子供たちのために、日本の未来ために、この参院選を戦い抜きます。


この国をまもる

2010.06.23

 遂に参院選が始まった。日本が再生するか、それとも消えてなくなるか―、正念場の戦いである。
 情勢は、決して楽観できるものではない。しかし、日本創新党(にっぽんそうしんとう)や私のもとには、心ある方々から日々たくさんの支援や励ましの声が寄せられている。
 そこで、決戦にのぞむ最後のメッセージとして、そうした心ある方々に対し、選挙公約などとは別の視点から、私の思いを綴ってみようと思う。

 このままでは日本が、あと3年で潰れる。そう思って私は、日本創新党を結成した。ほかの新党とは異なり、国会議員もおらず、公的支援も得られない。マスコミの視線は厳しく、負ければ全てを失うだろう。それでも私は、この党をつくらなければならなかった。

 背中を押したものの一つに、昨年12月の「天皇陛下特例会見」問題がある。時の権力者であった民主党幹事長、小沢一郎氏のごり押しで、1カ月ルールの慣例が破られ、中国の国家副首相との会見が強行された。
 この時の小沢氏の言動に、私は激しい危機感を抱いた。まるで天皇陛下のご予定より、一政党の幹事長の意向が優先されるとでも言いたげだったからだ。

 あえて、「国体」という言葉を使わせていただく。

 有史以来二千年の長きにわたり、我が国日本は、天皇というご存在を最高権威にいただくことにより、数々の国難を乗り越えてきた。権力の主体が武家に移っても、その権威が揺らぐことはなかった。このため日本は、先の大戦における一時期をのぞけば、世界各国に比べてまれに見るほどの平和を維持してきたのである。

 その天皇のご存在を、民主党は否定するというのか。
 天皇のご行動に関するルールは、相手が大国の元首であれ何であれ、誰にでも公平でなければならない。この大原則を、時の権力者の意向によって変更するのは、最高権威の否定につながりかねない大愚策である。
 ところが小沢氏は、ルール破りを強要した。周りの民主党議員も、誰も明確に反対しなかった。このまま民主党政権が続けば、いずれ「国体」は破壊されてしまうかもしれない。それが、私が抱いた危機感である。

 鳩山政権から菅直人政権に代わり、私の危機感は、ますます増幅している。国旗に敬礼せず、国歌を歌わない首相なのだ。衆議院だけでなく参議院までも民主党が過半数を制するようになれば、歯止めが効かなくなり、天皇訪韓をはじめとする「天皇の政治利用」が、一気に進む恐れもある。
そして、その先にあるのは、「国体」の破壊である。

 杉並区長時代、私は2回、天皇皇后両陛下にお目にかかる機会に恵まれた。区内の知的障害者の施設と、高齢者の施設をご訪問されたときだ。
 両陛下は時間のある限り、一人一人にお声をかけられ、優しく、和やかに接しておられた。そのお姿をみて、本当に「有り難い」と、自然に頭が下がった。
 神話の時代から一つの血筋で綿々と続く、我が国日本の精神的主柱。そのご存在の有り難さを、改めてかみしめる思いであった。

 天皇の「有り難み」というのは、日本人にとってあまりに当たり前であるために、平時ではなかなか気づきにくい。だが、有事になれば一変する。国が滅ぶかどうかの瀬戸際に立たされたとき、日本人は天皇を中心に結束し、多大な犠牲を出しながらもこの国を守り抜いてきた。明治維新も戦後の経済復興も、天皇のご存在なしにはあり得なかった。
 その歴史の事実は、私たち日本人のDNAにしっかり刻み込まれている。だからこそ、天皇陛下のお姿をみたとき、自然に「有り難い」という気持ちになれるのである。

 その「国体」を破壊してしまえばどうなるか―。
 現在のような「平時」がいつまでも続くとは限らない。私たちの子供や孫の世代に、大戦争や大災害が起こるかも知れない。その時、国民が結束する精神的主柱がなければ、国家は消滅する。

 日本創新党は、「子供にツケを回さない」をキャッチフレーズに、バラマキ政策の即時見直しや、自主独立の外交政策などを公約に掲げている。それについては、日本創新党のホームページをぜひお読みいただきたい。
 しかし、もしも「国体」が破壊されれば、取り返しのつかないツケとなる。それを許しては、絶対にならない。

 参院選公示日の朝、私は靖国神社を参拝する。そこには、敗戦濃厚の中でも日本の未来を信じ、「国体」を守るために散華された特攻隊員がいる。その英霊に、私の決意と覚悟を報告するつもりである。


杉並区民の皆様へ

2010.05.26

このたび杉並区長を辞任させていただくことになりました。
昨日午後1時、富本区議会議長に「区長辞職願い」を提出いたしました。

区民の皆さまには、3期11年1ヶ月にわたり、杉並区長としての私へのご理解と温かいご支援をいただきましたことに心から感謝いたします。また長きにわたって、政策実現のためにご協力くださった議員や職員を始め関係者の皆さまに、厚く御礼申し上げます。
至らぬ私でしたので、区長在任中はさぞかしご不満やご苦労があったのではないかと思います。心からお詫び申し上げます。
思えば11年前、「杉並を日本のモデルに!」と志して区長選挙に立候補いたしました。そして、「区民と一緒に日本一住みやすい街をつくっていきたい」という一心で皆さんと共に街づくりをおこなってまいりました。
しかしながらこの11年間、日本を取り巻く、世界の情勢は一変しました。混乱する日本にあって、「このような国家経営を続けていけば、日本は2、3年で破綻する。国が破綻すれば、国民生活も杉並区の改革など自治体経営も、すべて水泡に帰してしまう」そんな強い危機感のもと、私は志ある国民の皆さんと先月18日「日本創新党」を設立し、日本の本格改革のために、杉並から、地方から大きな波を起こしていくことを決意しました。そして日本創新党党首に就任し、永田町の「順列組み合わせの政党づくりでは、何にも変わらない!」と考え、区長としての仕事の少ない土日を使って、全国各地に回って日本創新党の思いを訴えました。そして本当に多くの国民の皆さんが、私たちと同じ思いであることを直接肌で感じ取ることができました。「杉並モデル」を、疲弊する国政の場にどうしても活かしたいという私の思いは日々強まっています。皆さんにはどうかご理解賜りたいと思います。

そんな中、今月31日には新議長選出のための臨時区議会が開かれることが決まり、また6月4日からの区議会定例会の開催に伴う議案検討などの時間を考え、そして今月30日に予定されている日本創新党の結党大会に臨むにあたり、区長と党首の両者を兼ねることは、必ず弊害が生まれ、「皆さんにご迷惑をおかけすることになる」との結論に至り、23日の日曜日に辞任を決意し、昨日の辞任表明に至った次第です。

私は区長就任一期目に、自らの公約通り「区長多選自粛条例」を全国で初めて制定し、区長は3期12年を越えて務めることができない旨定めました。したがって、私の任期は来年4月で終りを迎えます。今回の辞任により、約1年の任期を残しての退任は私としても断腸の思いであります。区民の皆さまには心からお詫び申し上げます。

しかし11年間の「杉並改革」で財政再建のめどもつき、また全国初の「減税自治体構想」のスタートも切ることができました。そしてさまざまな杉並ならではのサービスも充実させることができました。私がお示しした、大方の公約は実現できたものと考えております。

確かに、残された1年弱の区長の任期を全うすることは大切な責任のとり方ではありますが、今日の状況を考えるとき、日本そのものが直面している危機を回避させることも、杉並区長として仕事をしてきた私の責任であると思います。今の日本にとっては、この先数年はその進路選択や具体的処方箋づくり、そしてその実行が極めて重要となっています。まさに切羽詰まった状況にあります。

「長州だけの安泰を考えていてもダメ。日本国全体の改革を進めるとき」という、幕末の志士たちの思いが伝わってきます。

区政の発展には終りはありません。今後も私は一区民として、できうる限りの力で「住みよい杉並区」づくりに向けてどのような協力も惜しまない決意です。

どうか皆さま、今回の私の決断にご理解くださいますようお願い申し上げます。国政での仕事は多くの困難を伴なうものと考えています。今後も皆さんのご支援を賜わることを心より願っております。

本当に本当にお世話になりました。ありがとうございました。
   2010年5月26日
      杉並区長 山田宏



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