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「松下政経塾出身者とその仲間達」


出典:『財界』2004.5/11号



前列左から、長浜博行・衆議院議員、神藏孝之・イマジニア社長、檜木俊秀・内閣官房参事官。
後列左から、岸本周平・財務省理財局国庫課長、山田宏・杉並区長



 
杉並区長の山田さん、衆議院議員の長浜さん、私の三人は松下政経塾二期の同期生。財務省の岸本さんと経済産業省の檜木さんは我々が財塾中の頃から勉強会で共に議論し、よく飲みにも行った仲間。岸本さんは塾で講師を務めたこともあり、檜木さんは今話題の構造改革特区推進に携わり、PHPの勉強会以来約二十年の付き合いとなる。

 当時の松下政経塾の入塾試験は、松下幸之助自身が直接面接し塾生を選んでいた。「類は友を呼ぶ」ではないが、個性豊かな面々が集まっていた。

 二期生は全員で十九名。一期生は知的レベルが高い人が集まっていたが、我々二期生は行動派が多く、今から考えると「動物園」のような集まりだった。

 進路は様々で政界や経済界の他にも、えびの養殖を行っている者もいればニューヨークでNPO法人に携わっている者、ワシントンで弁護士をやっている者もいる。

 当時は終身雇用制が当たり前だったから、松下政経塾に入ることは「リスクをとる」ということだった。書道、茶道、武道や英語が必須だった以外は、カリキュラムも流動的で、精神的にも不安な状態が続いていた印象がある。

 何か行動を起こす人もいれば、五年間塾に行っても何もしない人もいた。石川啄木ではないが、「友がみんな偉く思えるような」時期があったかもしれない。ただ我々は最終的に目標を見つけられたので運が良かった。

 卒業証書がないため、五年の期限を待たずに在塾中に選挙に出る者がいた。したがって「卒塾」という呼び方もおかしいかもしれない。

 松下翁の「目標さえ決まればそっちに行け。長く居座っても意味がない」との教えのとおり、今では各自がそれぞれの分野でフロンティアの存在になっている。(神藏記)