
「文化区・杉並」の未来に話が弾む。
練習場を探していた日本フィルと、「セシオン杉並」というホールを建て、地域文化醸成のための有効活用を模索していた杉並区とが、友好提携を結んでから今年の七月で十周年を迎えます。この間の、多彩な事業の成果と、今後の展望について、日本フィル評議員でもある山田宏杉並区長と、出口修平日本フィル事務局長が対談を行いました。
出口:まず、私たち日本フィルは、事務所を杉並区に移して八年になります。提携を結んでからの十年を振り返ると、いろんな事業の積み重ねが、芽を吹いてきたと思っています。特に学校訪問は区内の小・中学校を全て回って、現在二回り目に入っています。当時、初めて私たちの音楽を聴いた子どもたちの中には、今では成人になり、社会人になって、私たちのコンサートに足を運んでくれる。これから先の十年は、さらにその子どもたちが、学校で日本フィルを聴くことになる、という時代になりました。このサイクルを大切にしたいと思います。
さて、この十年間、または山田区長が就任されてからの五年間を振り返って、率直な感想をお聞かせください。
区長:私が就任してからは、区役所のロビーや、各学校・施設、さらには「荻窪音楽祭」での演奏など事業の数もかなり増えて、相互の関係がより深まっています。区民にとっても「私たちが大切にしているオーケストラ」という意識が、かなり一般的に根づいているのではないでしょうか。
出口:東京都における杉並区の地域性もしくは区民の地元意識といったものをどうお感じですか?
区長:杉並区は文化人も多く、培ってきた文化に、区民もその発祥地であることを誇りに思っています。「文化区といえば杉並」といった意識を皆さんが持っていますし、その中で、日本フィルが本拠地を持って活動していることは、「日本フィルがある街」ということで、その地域のグレードを高めていると思います。
他方、それこそサンダル履きのままでも区役所のロビーに来れば演奏を聴けるわけですから、「庶民性とモダニズム」、そういうものが融合した杉並にピッタリ合って、さらに増進していますね。
出口:「サンダル履き」という意味では、まるでヨーロッパのようですね。夕飯を食べてからコンサートを聴く、あるいは、レストランで食事をしてから家に帰れるとか、充実した状況が繰り広げられています。
区長は就任以来、ポリシーとして「杉並区の独自性」を打ち出されていますが、そのことと私たちの活動とは通じるものがありますか?
区長:これからは「文化の産業化」「文化の生活化」が必要だと思います。これまでの、ただそこに住んで、電車で通えればいいという時代から、「うちの街は、人生のどの舞台に、どういうものを提供してくれるのか」といった面を、それぞれの自治体が考えていかなくてはいけない時代です。
簡単に言うと「杉並流の生活の質を高める」ということでしょうが、「杉並ならでは」の商品、福祉サービス、教育といったものを産業にし、生活の一部にしていく、つまり「その土地の文化を形にする」ということなのです。
やはり「文化」を抜きにして、その土地の匂いを醸し出すことはできません。
今までの「満腹」を求める時代から、「満足」を求める時代になり、「文化を形にする」ということに行政の主眼がおかれないといけないと思います。
また、流通革命が小売店から始まったように、行政革命も行政の小売店である区や市役所から始めなくてはいけません。なぜなら、お客様に一番近いからなのです。そこで形を造らない限り、区民の要求には応えられない。そういった流れになってきたからこそ、杉並区も都に対し発言力を高め、東京を盛り上げているのだと思います。
出口:さて、二年後の平成十八年には、新しい杉並公会堂ができます。奇しくも私たち日本フィルも創立五十周年を迎えますので、新公会堂に対する期待は楽団としても、たいへん大きいものがあります。ホールとオーケストラの関係でいいますと、新日本フィルと墨田区が、東京交響楽団が六月から川崎市と、ホールの利用に関するフランチャイズ契約を結んでいます。オーケストラがホールと合体して文化を発信していくというのが、大きな流れになってきています。
杉並公会堂と日本フィルの場合は、建替えが始まるまでのこの十年間、ソフトの面で充実してきました。二年後からは、新ホールでいろんな芸術が区民の参加のもと、新たな文化発信ができると思っています。区長としてはいかがですか?
区長:「杉並公会堂」という名前を変えなかったことに、私たち区の思いが込められています。かつて「東洋一のホール」といわれ、「文化区=杉並」の名を高らしめた杉並公会堂。引き続き、単に貸しホールというのではなくて、ソフトの面で区も日本フィルも運営にいろんな形で参画して、文化の発信力を高めていく必要があると思います。
出口:また、日本フィルは「エデュケーション(教育)・プログラム」という特徴的なジャンルを押し進めています。単に鑑賞するだけではなくて、子どもやお年寄りに実際に一緒に曲の創作に入ってもらう、ともに創る喜びを感じてもらうというもので、ホールができれば子どもたちが自由に楽器に触れられる部屋など、楽しい夢が膨らみます。
また、一昨年から「六十歳からの楽器教室」が始まりました。これは「子どもの頃、楽器をやりたかったんだけれども、できなかった」などといった六十歳以上の方が集まって年間二十回のレッスンを受け、最後にはセシオン杉並で発表会を行うという企画です。
新しいホールでは、まだどこのホールでも行っていない、こういった参加型の事業も一つの柱としていけば、特徴のある、杉並らしいホールになると思います。
区長:杉並には作曲家の方もたくさん住んでいらっしゃいますし、「杉並の曲」を子どもたちといっしょに演奏するということもできますね。
出口:本当に楽しみですね。ありがとうございました。

介護老人施設での出張コンサート。
「最後にみなさんで歌いましょう」の楽員の声に、笑顔がこぼれます。

憧れの楽器を手に「生活に張りがでた」の声も(六十歳からの楽器教室)。
主な提携事業(数字は平成十五年度実績回数)
○シーズンコンサート(四)○区役所ロビーコンサート(四)○公開リハーサル(四)○音楽鑑賞教室(六)○小・中学校出張音楽教室(十六)○福祉施設などへの出張コンサート(九)○六十歳からの楽器教室/ヴァイオリン、チェロ、フルート、クラリネット(各二十)