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世のため、人のため、官民手を取り合って
○この連載の第1回で日野市長とお会いしたときに、住民運動との関係でいろいろとお話を伺いました。日野の市長さんは、住民運動大いに結構、どんどん来てください、すべて情報公開して一緒に考えていったらいいんだから全部味方なんだ、と発言されていました。
ところが、23区域のおおかたの区は、NPOともそうですし、あまリ住民運動との接点を持たないというところが多いですよね。そんななかで、世田谷とか、杉並は、昔から住民運動が非常に盛んなところです。NPOだとか、住民運動との関係については、どのようにお考えでしようか。
山田「私は、すべてを行政が税金でやるという時代は終わった、むしろ住民と一緒に考えて合意を得ながらすすめなくてはいけない、またカも発揮してもらわないといけない、こういう時代に移っていくんだと思うんです。そのためには、情報公開というものがちゃんとされていないと、住民の方も考えようもないし、責任感もわかないということだと思います。
いまNPOの話もありましたが、ご存じのとおり、公益性のある団体をつくるときには主務官庁の許可を要すると民法に書いてある。要するに明治以来、世のため、人のための公の仕事というのは、主務官庁の許可がいるんだ。裏をかえせば、公の仕事というのは全部行政のやる仕事、民は自分の日々の営利活動にいそしみなさいと、まあこれが明治以来日本の基本的考え方だったと思うんですが、それじゃダメになってきた。人間だれしも持っている何か自分が貢献したい、役に立ちたいという気持ち、いってみれば世のため、人のための仕事をNPOというかたちでやりたい、やっていこうという民間の人たちがふえてきているし、行政も税金ですべてのサービスをまかなうなんて、とてもじゃないけどできなくなっできた。
行政と住民運動、あるいはNPOなどさまざまな公益団体が一緒に仕事をし、協働することができないと、もうこれからの自治はできないと私は思います」
○つまり分権とか自治というのは、国から都へ都から区へというのが分権ではなくて、一人ひとりの住民の自覚的な行政参加が、本当の意昧での分権・白治なんだろうと思うんですね。私も区役所で仕事をしていた頃、いろんなことで苦情を言われても、全部の情報を公闘すると、理解してもらえることが圧倒的に多かったですね。予算書の細目まで見せちゃって、たとえぱあなたの要求はこれで実現できるんだけど、そうすると他の人の要求は全部ダメになりますという話をすると、理解してくれるんですよね。役所の場合、そういうことがあまりにもなさすぎる。そういうところまで一緒に考えていこうということでしょうか。
山田「そうですね、いままでの役人の意識、惰報を全部自分が握っておいて、相手を上手に支配しようというか、動かそうというか、命令しようというか、民を抑え、管理しようという、言葉はちょっと強烈ですけど、少しでもそういう気持ちで仕事しているかぎり、さっきお話ししたような協カは得られないと思います。それは実際無理だし、インターネットで情報がすぐでちゃう時代ですから、やはりオープンにして、いまのお話のとおり一緒に仕事をするという雰囲気ををつくった方がいいと恩います」
○区役所の中の職員の意識って、どうですか。
山田「そうですね、やはり長い、長い年季の入った役所文化がありますので、そういう意味では、変革まで、意識が変わるまでには相当な時間がかかるでしょうね」
○若い人はわリと柔軟でしょうが、管理職の意識が変わってこないとダメですよね。
山田「たしかにそうなんですが、もう一つ、トップがどう言うかのみならず、住民の意識が相当変わっていますので、そこに接している第一線の職場の人たちの意識が変わってくると思うんです。ですから、私は、区役所というのは、都庁より変化が早くなると思うんです。流通革命も小売りから始まったのと同じように、変化の激しい時代には、お客さんと一番接しているところから変わっていく。だから、お客さんを持っていない都庁は、遅れると思いますね」
異文化との交流が改革をすすめる
○民間企業への研修派遣や武蔵野市との人事交流などを積極的に行っていらっしゃいますが、目的と、実際期待された効果があがっていらっしゃるのかどうかも含めてお話しいただけますか。
山田「23区の中での職員の交流はこれまでもあったし、東京都との交流もあったんですけど、他市とはなかったそうですね。市は区より自治体として完成されているというか、総合的なかたまりであるので、そこへ職員を派遺するということは、今後区の自治を考えるにはいいと思って、どういう仕事をしているのか肌で感じてもらうことにしたわけです。隣の武蔵野市に行ってもらったんですけど、報告レポートなどを読むと、大きなことよりも、日々市の職員と接して感じる意識の違いといったことを強調されておられますね。武蔵野市の場合、職員の意志疎通や自治意識を高めるために、独白に小さな工夫をいろいろ積み重ねてきている。その集大成として武蔵野市があるわけですが、その一つひとつの工夫に気づいていくわけです。それを読んでいると、やっぱり行っていただいて良かったなと思いました。
民間の方は、八王子のイトーヨーカドー、まったくの小売店なんですけど、そこへ課長クラスの方に行ってもらいました。その彼がやったことは、売場でチキンカツを一日200枚揚げることなんです。だけど、毎日揚げながらレジを通ると、売り上げが目に入ってきて、目標まであとどれくらいとか、徹底管理しているわけですね。目標に向かって、職場が一体となっている。意識をもとうとか、モラ一ルだとか、経営感覚だとか、そんな言葉なんかじゃない。職場全体が一丸となって、みんなでもりあがって、声出してやっている。すごく壮快な経験をされてこられた。この方はもう戻ってきましたが、とても良かったと思います。どんどんやりたいんです。こういうことで杉並の職場の文化も変わる可能性がありますね」
○そういうことを通じて、意識改革という目標を・・・
山田「そうですよ。目標は区役所の意識改革というか、いろんなことに気づいてもらうことが大事だし、区役所だけでなく区全体の経営も、最終的には区民にいろんなことに気づいてもらうことが大事なんです。そういう機会をたくさんつくっていくことが大事なんです。あと、人間は、『この野郎!』と言われて悪く曲がっていくのと、ほめられてうまく回転していく場合と、誰でもあるわけですから、良い方に回転するようにすれば、ほっといたって良くなるんじゃないですか」
○最近、役所の窓口というのは、昔とくらべればいくらか対応が良くなったと言われていますが、内部の事務処理の仕方というか、物事を判断しないとか、責任をとらないとかいう点では変わっていないようですね。
山田「まず、電話で名前を言うことを徹底しています。それから、名札をきちんとつけることを徹底しています。やはり、仕事は係の名前でやるんではなく、自分の名前でやるんだということです。職員には抵抗もありますけど、区民は名のるわけですから、あなたも戸籍住民課の山田ですと名のりなさいと、1、2年かけて何度も何度も言っています。そうすると、だんだん意識が変わってきて、自分の名前で仕事をするというようになる。責任感というのは、個人にあるわけで、組織にあるわけではないので、そういう意味では、個人個人の責任感を鼓舞するということがとても大事だと思っています。
それともう一つは、これは小売店でも一番大事だと思うんですが、お客様からお話がきたらすぐに応える。ほったらかしにしない。ひとつもほったらかしにしちゃいけない。すぐに応えられなければ一週聞後に応えますと申し上げなさい。そういう癖をつけるように、この2年間、いろんなところでこの二つだけを、職員の人には言っています」
経済的自立なくして、精神的自立なし
○後ほどお話しする都区財政調整制度とも関わるんですが、今年の4月、調整条例(特別区国民健療保険事業調整条例)が廃止されました。私は口が悪いものですから、「調整条例を廃止したのに、区長会が談合して国保料を統一料率で上げたんだ」と言ったんです。事情はわかりますよ。わかるんだけども、少なくとも象徴的な時期に、あれは一体何なのかという疑問をもたざるを得ないですね。
市の場合ですと、国保料は三倍ぐらい開いているんですよ。23区だって、各区の財政事情によって、かなり国保会計の実情というのは違うはずですね。違うはずなんだけれども、同率で値上げをしなければならない事情について、どこの区でも区民にきちんと説明されていないような気がするんです。
良くも悪くも、調整条例があればしょうがないですよね。
ところがそれを廃止した同じ日に、ああいうものを可決する。そして、議会の中でも議論がないんですよね、どこの区議会でも・・・これが本当に特別区の自治権拡充を求めてきた人たちのとるべき道なのかという点で、非常に疑問を感じていたんですが、どのようにお考えでしょうか。
山田「そう言われれば、まさにそのとおりですね。相変わらず横並びでどこかを突出させない、また自分のところを悪く思われたくない。とくに国保の間題は明確に差がでてしまいますので、それを避けたと言われればおっしゃるとおりですね。ただ、こういうやり方がこれから続くかというと、こんなやり方通るわけないです。情報がみんなにわかってきて、なんでうちはあそこと一緒なんだ、ということになってくる。
健康づくりの努力の成果によっては保険会計だって変わってくるわけだし、住民の努力の結果がはっきりわかる形で出てこずに、区どうし横並びだというのでは、住民は納得しない。
そんな時代ではないと思いますよ。やはり、いまは、すぐに冷たい水には入れないので、少しぬるま湯につかって体を憤らしていると考えるしかないですね。一歩勇気がなかったと、反省しております」
○いま一番問題になっている都区財政調整制度なんですが、私は、30年くらい前から、これは廃止すぺきだという感覚をもってきたんですよ。たしかに学者の方々も、自主調整、水平調整なんて簡単じゃない、やれるはずがないとおっしゃいます。でも、それができないと自治とはいえないんじゃないだろうか。
調整する必要はあるわけですよ。千代田みたいに人口が少なくて、税収だけべらぼうにあがる区があるわけですから。
しかもこれは、周辺区との関係だけではなく、市も含めて、あるいは日本全体の税制度のあり方そのもを考えなくてはいけないということにもなるんでしょうけど、とりあえず都区の財政調整制度に手をつけずに市並みだと言ってみても、まやかしじゃないのかと感ずるんです。手をつけにくい、難しい間題だとは思いますが、これまでいろいろお話のあった23区の一体意識みたいなものを払拭するためには、調整制度の大幅な見置しというところに踏み込むことがどうしても必要じゃないかと思うんですが、そのあたりはどうお考えですか。
山田「私は、基本的に、自立というのは、経済的自立がないと精神的自立はないと思っているわけです。国にしても個人にしても同じで、相変わらず親から小遣いをもらっている子どもは、28歳になったって子ども意識から抜けだせない。だから、自分で稼いで、自分で使って、自分で責任をとるという仕組みを作らないとダメです。そう言う意味で、私は、基本的に、市税になっている税は区税にすべきだと思っています。そうでないと、市並みなんて言えない。
そうなってくれば、千代田、中央、港とか都心三区は少し違った対応がいるかなとは恩うんですけど、その他は多少財政的にでこぽこがあっても牡方がない。もし、そのでこぼこをならそうということであれば私は合併も考えるべきだと思います。それが住民の自立意識、地域の自立意識というものをもたらしてきて、そこに責任感が生まれて、上手に物事をすすめようという気持ちが出てくる。ですから、本来は区税なのに都税になっている固定資産税などは、市と同じように、各区に移譲すべきだと思っています。
それがすぐにはできないということであれば、調整制度が残るわけですけれど、水平調整のバトルを一体どうするんだということになります。おっしゃるとおり、私は、できるできない半々、あるいは破裂するかもしれないなと感じています。それで、できなくなったときに、もう一回都にやってもらおうじゃないか、やはり都がやらなくてはダメだというふうになっていくのか、それとも、そんなこと言うんだったら機械的に一応やって、あとは何らかの基準がつくられるかどうかですね」
○持っているところが多少譲らないと、おさまりがつかないんでしょうね。
山田「ええ。でも、持っているところは、譲る理由を往民にどう説明するかですね。千代田が譲るとして、なぜ杉並なんだ、なぜ中野じゃないんだということを、千代田区民に説明できるかどうかですね。それは、とても難しいことだと思うんですよ」
○理想ではあっても、難しいんでしょうね。ただ、そこをどういうふうにか乗り越えていかないと・・・いろいろな考え方があるんでしょうけど、市の業務は広域連合みたいなかたちで処理できないわけでもないし、税でいっても、固定資産税が最大のアンバランスの原因なんでしょうけど、多摩地域だって、固定資産税があがんない市だって、なんとかやっているわけですよ。
山田「例はおかしいんですけど、北海遣がいま苦労していますが、仮に北海道が北海道国というふうになっていたら、あんなに疲弊はしなかったと思います。つまり、自力でやるんだったら、人材も流失しないし、知恵も力も集まるし、依存心も高まらなかったと思います。北海道開発庁ができて、変に依存心を高める仕組みになっちゃったもんだから、いまの現状がある。
任せてしまえば、最初は苦労しても頑張ろうという人たちがでてくるわけですよ。役所の中にも、住民の中にも。やはりそこですね。独自財源をちゃんと市並みに23区に渡したあと、都心3区については、ワシントンDCじゃないけども、皇居もありますから、国家的見地で考える必要があると思いますね。
成長や発展の基盤は、個人の自立と責任感だと思うんです。それをはぎ取る、依存心を高めるような政策は、なるべく避けないといけないと思います」
インタビューを終えて
杉並区役所にうかがう前に、約半年分ほど『都政新報』をひっくり返してみた。
改めて、杉並区に関わる記事の多いことた驚いた。このインタビューでは話題になっていないが、大規模小売店の出店規制や学校改革など、記事の内容は多岐にわたっている。それだけ、山田区長のもとから、活発な情報発信、問題提起が行われているということであろう。
ところで、町田の大下前市長は、『町田市が変わった一地方自治と福祉』という著書の中で、「市長は40代でなければつとまらない」と書いておられた。この本には、町田駅周辺の再開発をめぐって、徹夜を繰り返しながら、地権者と膝突き合わせて話し合う市長の姿や、障害者の雇用の場の確保や、外国籍住民の人権擁護のために東奔西走する市長の姿が描かれている。強いリーダーシップを発揮して、市民自治の確立に全力を挙げる首長には、豊かな発想と充実した気力、そして疲れを知らぬ体力が求められるからであろう。
40代前半の山田区長のしなやかな感性と、変革のこころざしが、杉並のまちを変えることを願ってやまない。
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「出典:<とうきょうの自治第39号>」
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