自治体の行財政改革は不可避の課題である。しかし、その取り組み内容と進捗状況は自治体によって様々だ。そうした中で大勢を占める動きとはいい難いが、公共サービスの民間開放など注目すべき革新的な取り組みを実施し、成果を上げている自治体も出現している。
何がより良い結果を生み出し、またどのような新たな問題が起きているのか。今回は杉並区役所の事例を取り上げ、山田宏 杉並区長(以下、区長)のインタビューを交えながら、その取り組みの成果と課題を紹介する。
区役所はいわば「行政の小売店」。住民の声に「適切にスピーディーに」反応できるかが鍵
区長は東京都議会議員を二期八年、衆議院議員を経て、平成十一年に杉並区長に就任した。当時、杉並区の負債残高は八百九十七億円。一方、基金の総額は百億円に満たない状況、中でも財政調整基金は十九億円で底をついた状態であった。杉並区の財政基盤は危機に直面していたといえよう。
まず区長は区長経験がないため、業務について把握するために、住民から毎日寄せられるたくさんの要望や苦情を丹念に読むことから始めた。
「ほとんど怒っている内容ですから胃が痛くなるんですけど(笑)これをやりながら思ったのは、区役所の仕事というのは住民の声にいかに敏感に、かつ適切に反応することが大切かということ。それを繰り返していく習慣ができれば、自ずと行政サービスは向上していくんです」(区長)。
いわば区役所は「行政の小売店」であると、区長は定義する。メーカーを国とすると、卸売りが都道府県、そして区役所が小売店。貧しい時代ならば時代の中心はメーカーであり、物を作って供給している組織が一番強かった。しかし豊かな時代になり物を選べるようになると、小売店が強さを増す。
「流通革命が小売店から生まれるとしたら、行政改革は行政の小売店である区役所から起きる。いかに豊かな社会、多様なニーズからサービスを生み出していくか。それは、国でも都道府県でもなく、毎日お客さんと顔をあわせて、ときには厳しいことを言われている区役所が、一番よく知っているわけです」(区長)。
役所文化として「小売店としてスピーディーに適切に反応する」という意識を持ち続けていけば、自治体は時代に応じた役割を果たしていけるのではと区長は述べている。
住民の良識、自治意識を高めて、「小さな政府」で行政改革を
しかし、寄せられる全ての要望に「反応」すればよいかというと、そうではないという。
「区役所に来る要望や苦情には、色々なものがありまして。例えば隣の木の枝が張り出していて、夏は生い茂って涼しいが、秋になると葉が落ちて樋が詰まるとか、隣の犬が吠えてうるさいから注意してくれだとか。それらに職員が一つ一つ対応することは、大変な時間とコストがかかります。要するにコミュニティが崩壊した分、余計な仕事を行政が請け負うようになってしまった」(区長)。
本来あるべき町や住民の「常識・良識」を高め、区役所の仕事を増やせば自分たちの税金として振りかかってくるのだという認識が広まっていけば、自然と「自治」ということや行政改革につながるのだと区長は指摘する。
「ただ、住民の皆さんに『こうあるべし』などと要求を並べるより、まずは役所が自分の身を正していくことの方が先です。そして住民の良識も高まっていって、自治が進めば進むほど、政府というものは小さくなるのだと私は考えています」(区長)。
「行政の小売店」の時代、行政改革の基本的考え方として「小さな政府」がキーワードだと区長は語る。
「お金の有無に関わらず、『小さな政府』を作っていくことが住みやすい社会の前提。『大きな政府』とは、色々なものに役所が口を出していくということで、住民の自由を侵してしまいます。杉並区としては『小さな政府は善』と考え、住民と一緒になって、より良く多様なサービスを安い費用で行う工夫をしなければならない」。
職員数を実質 千人削減…民間の知恵も借り、適切な民間開放へ
このような基本的考え方に立ち、区長は公約として「職員数四千人の中から千人を実質上削減する」ことを掲げた。
「これは人件費・給与の削減ではなく、頭数を減らすということ。私が就任する前の平成元年から平成十年までの十年間、行革計画があったものの実質上の職員削減数は六十人でした。しかし、就任後から現在までの六年間で、六六七人実質削減しました。これはクビにしたわけではなく、退職・不補充または小補充によるものです」(区長)。
なぜ職員削減が行革の柱なのか。区長は明快に説明する。
「千人減ることが前提となれば、職員たちはできるだけ自分のところに負担がかからぬように工夫し、仕事を減らそうとする。はじめて民間委託だとか指定管理ということを考えるんです。職員は賢い人たちですから、自分たちが全部やっていては追いつかない、ならばこの仕事は民営化、指定管理などの方法を駆使して、仕事を民間企業や社会福祉法人に移していける」。
行革成功の秘訣としては「各論から入らない。各論は『一番よくわかっている』役人に考えさせる」ことだという。
「例えば杉並区では『市場化提案制度』というのをやりますが、それも職員から出ていることで私の発想などはほとんどありません。ただ『減っていく』ということだけを決めて、公約だから絶対そこから動かない。役所は積み上げで『八百二十三人』とか積み上げの数字を作りがちですが、単純でわかりやすい数字でないと目標にはなりません」(区長)。
目標を死守し努力を重ねた結果、就任時の負債残高は五百五十七億円にまで減少。少なかった基金も四百五十億円にまで戻り、財政は大きく改善された。
「まだ目標達成とは言えませんが、非常に効果のある方法だったと思います」(区長)。
そして民営化やPFIが採用されたり、指定管理制度も導入され、安価で良い公共サービスを提供できるような環境が整ってきた中、杉並区としては約九百の事務事業全てを対象に民間活力の導入を採用していきたいと考えている。
区長は「今までは行政側が知恵を振り絞って行革計画を作り、保育園等を民営化してきました。しかしそれには限界がある。その点、民間の方があっと驚くような提案をしてきます。役所側が『これは公務員でないとできない』とか、『これは他に任せられない』などと判断したものは、今まで行革計画から外れてしまっていましたが、民間から言えば『うちで運営すればもっとよくなる』というものがたくさんあるかもしれない。そういう意味で、杉並区が実施しようとしている市場化提案制度の場合『どの事業をやるか』ということまでも民間から提案してもらえるので、これまでの行革とは大きく異なり、画期的である」と力を込めている。
「事務事業の恊働化」推進のために、すぎなみ地域大学をオープン
そしてもう一つ、杉並区の行政改革の目標として掲げられていることがある。それは「平成二十二年までに、事務事業の六割を恊働化する」ということだ。平成十六年時点で約九百近くある事務事業のうち、民営化など何らかの形で住民との恊働を進めているものは三十一%であった。それを平成十七年度は三十九%に引き上げ、平成十八年度はさらに四十二%を目標としている。
「計画をみていて思うのですが、地域の掲示板設置事業であるとか、だいたい差し支えないものから役所の案が出てきて、清掃事業等本体のものは、組合の事情などもあり、避けられがち。そこで恊働化率を上げるために、民間から提案をという道を開こうとしています」(区長)。
しかし、そのときに突き当たる大きな問題点が「恊働の担い手がいない」ということだと区長は説明する。「例えば学童クラブの民間委託などは、プロポーザル方式で決めようと思っても手を挙げるところが少なく、決まった事業者も辞退してしまい、結局一年延ばさざるをえなくなってしまった」。
「今後恊働化を進めるには、適切な担い手の養成が避けられない」
ーそこで杉並区が実施した取り組みが、公共サービス起業講座やNPO活動実践講座等を揃える「すぎなみ地域大学」の開講であった。
「住民の方たち、特に経験のあるリタイアされた方々で、地域を住みやすくしたいという気持ちを持った方はたくさんいる。そこで、彼らを再訓練し知識を得てもらうための学校を作りました」(区長)。
既存の市民講座のような『源氏物語を読む』『寺社仏閣を回る』といった趣味的なものではなく、今までの経験や知識を活用して公のために役立ちながら一定の収入を得る、ということを意識して作られているという。「本格的な人生は、定年後から始まる」という精神に貫かれた、実践的な学びの場だといえよう。
「特に来年から団塊の世代が地域に帰ってこられますので、それを想定してずっと研究を重ねてきたテーマでした。この学校を出れば何らかの形で、杉並区が進めている恊働化を担うことができる」と、区長は期待を述べている。
新規制度導入は最初が肝心。自力で説明できる能力とじっくり取り組む真摯な姿勢が必要
公共サービスの民間開放を進めていく中での課題は様々だが、一つには住民側の理解をどのように得るか、自治体側が説明責任を果たすことは重要である。たとえば学童クラブや保育園の民営化の場合住民側の反対が多く、各自治体のセンシティブな課題となっている。
「今まで保証されていたサービスの質が低下するのではないか、経験豊富な保育士がいなくなるのではないかと、保護者の方々が不安に思うのは分かりますけれども。我々も、知識や経験不足を反省しなければいけないところがあります。個別のテーマに関し、住民と一緒に考えていく姿勢が大切です」(区長)。
自治体の仕事一つ一つを民間に、ということは特に草創期は困難が伴い、制度への理解にも相当の時間がかかるもの。杉並区の場合、指定管理者制度導入の事例が高井戸保育園であったが、やはりすさまじい反対にあったという。
「皆『変えてほしくない』と、ほとんど反対みたいな感じでした。しかしここが、行政官の力量が問われるところ」(区長)。今までのように「国や都が言っているから」と「お上」に責任転嫁するのではなく、自力で説明できる能力、視察や考察を重ねてこまめに問題を解決していく姿勢が、これからの自治体職員には必要だと区長は強調する。
「杉並区では、今三つの保育園に対し指定管理者制度の導入をしています。最初の事例は民間企業の運営には抵抗があり社会福祉法人によるものでしたが、最後の高円寺北保育園に関しては株式会社による運営も実現できました。とにかく最初に相当の時間とエネルギーをかけて経験を積んで、なんとしても達成する姿勢が必要。高井戸保育園の事例に関しても、初めは皆反対でしたが、やってみたらいっさい反対はなくなりました。結果を出してはじめて定着するものですし、二回目からはある程度高い経験水準から出発することができるのです」
役所の意識と体質を変革し、多様なニーズに適切に対応できる自治体へ
職員一人一人に行革の姿勢を適切に浸透させることも、課題であるという。職員への意識徹底ということに関しては、日々の「スピーディーに適切に反応する」という風土をどう作るかということだと区長は述べる。
「杉並区では『三日ルール』という目標を掲げ、住民の声に対して敏感に、プロとして適切に反応することを心がけています。民間企業では当たり前にやっていることでしょうが。また制度導入に関しても、『スピーディーに適切に』という中で、制度とはどんなものか勉強しながら、最初の事例について力をあわせて丁寧に対応して経験を積み、文化を変えていくことが必要だと思います」。
「課題」とは一つや二つではなく、あらゆるものの改善が必要。仮に区長がいなくなったとしても、住民と一体となって「自分たちのサービス」を実行できる、判断できる「職員文化」が根付いている区役所にすること。先頭で突き進むのではなく、プロとして一番後ろから住民を支えられるような職員を育てていくこと。ー杉並区長の改革は続いていく。