■国益を損なう政争は厳に慎め■
「党略を超えて国家を思う行動をとる」か、それとも「国民不在の赤裸々な権力闘争を続ける」か。いまこそ日本は、そのどちらの道を進むのか腹を括って考えねばならないのではないか。民主党の小沢一郎代表が、テロ特措法(テロ対策特別措置法)の延長に頑強に反対する姿を見るにつけ、その思いを強くする。
民主党が自衛隊を撤退させるべしと強硬な姿勢を打ち出しているのは、参院選での大勝を受けてのことである。民主党は「選挙に勝ったのだから、以前から主張していたテロ特措法への反対も支持された」と主張する。だが、これは正しい態度といえるだろうか。
たしかに民主党は参議院選挙で勝利を収めた。だが、民主党の政策を支持して投票した人がどれほどいたか。年金問題や、閣僚のあれほどの失言やスキャンダルの繰り返しに国民の怒りが沸騰し、自民批判票が民主党へ向かったというのがほんとうのところだろう。
テロ特措法延長への反対は、自民党のもっとも困るところを衝き、自公政権を揺さぶり、反自民を印象づける政略なのだろう。最初は強面のパフォーマンスをしておいて、結果的には、たとえば民主党の修正特措法を与党側が受け入れるかたちで、妥結させようとする腹づもりなのかもしれない。
しかし結果がいずれであれ、日米同盟の根幹にかかわる問題を政略の道具とするならば、それ自体が大問題である。
年金や政治資金などの国内的な問題については、国民にわかりやすく与野党で徹底的に侃々諤々議論すればいい。だが、国家の基本に属する問題を政争の手段とすることは、厳に慎むべきだ。国家の信頼を失墜させるばかりでなく、場合によっては自国の国益を少しでも伸張させようと虎視眈々と狙っている外国勢力を引き込み、日本自体を難局に叩き込む危険性すら帯びているからである。
たとえば、今回の小沢代表の「アメリカが勝手に始めた戦争」というのも問題ある発言だった。アフガンの戦争は9.11同時多発テロをきっかけとして始まった戦争である。これを勝手に始めた戦争というなら、アメリカ人からすれば、日本がどこかの国からミサイル攻撃を受け、それに反撃したとしても、それは日本が勝手に始めた戦争だという理屈になりかねない。いかに同盟国らしからぬ発言か、ということだ。そして、このような言葉で信頼を失ったとしたら、困るのは日本なのである。
民主党は今後、テロ特措法延長反対にとどまらず、国家の基本に属する問題を次々と政争の手段とするのではないかという見方まである。自民党を切り崩して安倍総理の国家観に反対する自民党内の人たちと結び、安倍内閣を揺さぶろうとするのではないかというのである。その場合、安全保障や靖国参拝、集団的自衛権など国家の根幹にかかわる事柄が争点になる可能性も高くなるだろう。
しかしいま、そんなことをしている場合ではないはずだ。世界は、劇的な変化の予兆を示している。中国やロシアの勃興。北朝鮮の核武装。やや力を低下させているかに見えるアメリカ。温暖化や資源の問題も火急のテーマだ。しかも、この年末から来年に向けて、韓国、台湾、アメリカという日本と関係の深い国々の大統領・総統を選ぶ選挙が行われる。また中国も、北京オリンピック後の動向が注視されている。日本として難しい舵取りが求められる局面に立ち至ることも十分予想できる。
そんなときに、自民党にせよ民主党にせよ、仮にも「政権あって、国家なし」というような行動をとれば、日本への信頼は傷つけられ、ひいては国益も大きく損なわれる。
明治維新のとき、徳川幕府にはフランスが、薩摩や長州にはイギリスが、それぞれ援助を申し出ていた。だが、列強諸国から付け込まれぬよう、徳川方も薩長型も明治維新の最後の局面でギリギリの選択を重ねていった。大政奉還も、あるいはそういうことを背景としたものであったろうし、勝海舟と西郷隆盛の江戸無血開城もそうだろう。
いまの時代状況はまったく異なるとはいえ、そのような先人の叡智を、われわれはしっかり学ぶべきだ。
>次へ(「"大番頭国家日本"という気概」)