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一刀論断 山田宏 [ 東京都杉並区長 ]/日経ビジネス 2002年8月19日号

住基ネットは参加しない

役人の管理気質に不安

 今年8月5日から住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)の稼働が始まった。しかし私が区長を務める東京の杉並区では当面参加しないことを決めた。それを発表した夜、区民からは「杉並区に生まれ育って今回ほど良かったと感じたことはない」という激励の電語がほぼ1分おきにかかってきた。確かな手応えを感じている。

 住基ネットでは国民一人ひとりに11ケタの番号(住民票コード)をつけ、これと氏名、住所、生年月日、性別という情報を連動させる。しかし、この住基ネットの稼働は、個人情報保護法の成立が前提だったはずだ。それを待たずして稼働するという。


疑わざるを得ない数々の事例

 何も、住基ネット稼働の先にある電子政府や電子自治体、あるいはIT(情報技術)社会への移行を否定するつもりは毛頭ない。しかし、物事には順序というものがある。杉並区民だけでなく多くの国民が少なからず住基ネットヘの疑念を抱く中、国そして総務省はなぜ頑なに8月5日の実施にこだわったのか。私には理解できない。

 私は、住基ネット内の情報を守るセキュリティーを心配するより、むしろ行政機関によってその情報がいかに操られるかに不安を持っている。

 行政機関というものは、太古の昔から、そこの住民を管理する側の人間だと思っている。すると次第に、都合よく管理したくなってくる。それは当然のエートス(気風)なのだろう。
 実際、行政機関による個人情報の扱いが随所で問題になっている。今年5月、防衛庁が情報公開請求をした人のリストを作る“事件”があった。妙な人が近づくと「こいつはどんな奴だろう」と調ベリスト化する。管理する側にいると思う彼らの理屈では、ある意味、自然な行動なのかもしれない。
 
 2000年5月にさかのぼれば、徳島県の吉野川可動堰にまつわる住民運動にからむ問題があった。中山正暉建設相(当時)が「住民団体のメンバーに逮捕歴がある者がいる」などと口にしたことが報じられた。逮捕歴は噂で聞いたと言っているようだが、その言い分をどれほどの人が信じただろうか。

 官庁などによる個人情報の扱いは、これほど身勝手なものだと思っておいた方がいい。住基ネットは個人情報をおのずと一元管理しやすくし、まつわるトラブルを助長しかねない。


すぐ起こリ得る恐ろしい現実

 住基ネットの利用が進めば近い将来、恐らく次のようになる。住基ネットの住民票コードが保険証番号になり、いつしかそれが介護保険番号に化ける。そして次は納税者番号となっていく。源泉徴収をする会社は社員の住民票コードを知ることになり、社員の誰かが会社のの名簿を民間の業者などに売る。漏れてしまった情報は、もう取り戻せない。これは近未来小説でもスパイ小説でもない。管理したがる行政機関の行動原理を考えれば、すぐそこに待ち受ける現実だ。目的外利用となってしまうなら、もっともな理屈をつけ法改正をするだろう。

 杉並区はどうか? 役人根性は当然ある。ただ過去の経緯もあり杉並区は個人情報の取り扱いが、もの凄く厳格だ。1970年代末、区民の台帳を電算化する折、コンピューターを搬入させまいと反対住民がバリケードまで作る騒動があった。だから個人情報保護の条例まで作って取り扱いを厳しくしている。

 個人的には住基ネットの強制番号というやり方そのものに反対だ。ただ区長としては、そうばかりも言っておれない。9月上旬に向けて、住基ネットに参加するための詳細な条件整理をする。住基ネットヘの参加を住民の選択制とした横浜市の中田宏市長とは知己だし、中田市長や住基ネットに問題を感じている首長と横の連携を取りながら、住民に害のない運用になるよう政府などに働きかけるつもりだ。



出典 : 日経ビジネス 2002年8月19日号 P148 より転載
日経BP社より転載許可を頂いて掲載しております。