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「ニューリーダー」<連載>地方のリーダーが日本を変える(8)
山田宏・東京都杉並区長/ジャーナリスト塩田 潮


市町村は「行政の小売店」区長は「店長」、『行政の流通改革」目指して果敢に挑戦中


「住基ネットは不要、無駄遣い」

 住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)への造反、レジ袋税、全国初の首長多選自粛条例、自治基本条例、教育特区構想・・・。東京都杉並区の山田宏区長の果敢な取り組み、積極的な提言が話題を呼んでいる。

 人口52万人余の杉並区は東京23区の中で世田谷、練馬、大田、江戸川、足立の各区に次いで6番目である。1999年(平成11年)4月から区長の座にある山田は、今年4月に再選され、二期目に入った。

 住基ネットは総務省の関連施設に地方自治隊や国の行政機関を専用回線で結び、本人の確認ができるようにするシステムである。電子政府への入り口にという触れ込みで、国が去年八月に実施に踏み切ったが、個人情報の保護が万全でない、管理社会や国民監視社会になるといった異論が噴出した。山田は昨夏、稼働を前にして接続拒否を宣言した。

 地下鉄丸の内線の南阿佐ヶ谷駅前の杉並区役所を訪ねて山田区長をインタビューした。

「住基ネット は不要。無駄遣いと考えている。全国どこでも住民票が取れるという仕組みだから、杉並区だけが厳しいプライバシー保護の措置を講じても、どこでも杉並の情報が抜けてしまう可能性がある。便利にすればするほど危険になり、安全を重視して便利でなくすれば無駄な代物になる。電子政府、電子自治体に必要なのか、きわめて疑問です」

 山田は自治体側の防衛措置として不適正な利用には情報提供を一時停止できるという内容を盛り込んだ区独自の「住基プライバシー条例」(杉並区住民基本台帳に係る個人情報の保護に関する条例)を2001年(平成13年)9月に施行した。その後、今年の通営国会で個人情報保護法が成立した。山田は接続拒否について個人情報の法体系の未整備を理由に挙げていたので、新しい対応を迫られた。

「 内容はともかく、法律的な要件が整うと、形式的には接続に向けての体制が一歩整う。しかし、区民にはいまだに大きな不安がある。国が決めて予算措置してできているものだけど、安全参加はできない」

 住基ネットの本格稼働は8月25日からである。接続を見合わせてきた山田は6月4日、接続による利便性を望む住民にも配慮して、横浜方式の住民選択制の導入を決めた。

「 もともとインターネットの世界は出るも自由、入るも自由でなければならない。ところが、住基ネットでは全員がむりやり11桁の番号を付けられ、入れられてしまう。逃げられない制度です。住基ネットの仕組みも選択制にすべきです」

 総務省や東京都は住民全員が参加しない方式は住民基本台帳法違反と唱えるが、山田は譲らない。


大議論の末「レジ袋税」導入

 山田の挑戦は住基ネット問題にとどまらない。今年3月、全国で初めて首長多選自粛条例を制定して注目を集めた。山田が言う。

「 条例制定は私の選挙公約でした。多選とは四選以上です。当然ながら私は三期以内で辞める」

 山田は「自治体の憲法」といわれる自治基本条例づくりにも積極的だった。北海道ニセコ町、兵庫県宝塚市などに次いで、全国で五番目となる「杉並区まちづくり条例」を去年11月に制定した(今年4月施行)。

 
他にも、小泉純一郎内閣の特区制度を使って、杉並区独自の教育特区の構想を打ち出した。次のような内容である(『日本経済新聞』2003年1月11日付参照)。

「 地域住民が積極的に学校運営に関与でき、学校法人以外の民間資本や非営利法人(NPO)の出資も可能な独立行政法人的な半官・半民の区立学校の創設だ」「理事会を持ち、教員の採用や人事、予算執行などを独自の権限で運営できる学校。教員の任命権の区市町村教育委員会への委譲や、教科書採択権限の学校委譲なども提案した」

 住基ネットと並んで全国的に話題になったのがレジ袋税だ。去年3月、杉並区議会で「すぎなみ環境目的税」が成立した。スーパーマーケットなどのレジでプラスチックの買い物袋を受け取った客から一枚五円の税金を取るという新制度である。

 
2000年に施行された地方分権一括法によって、法定外目的税を新設する自治体が目立っているが、主として当該地域の住民を対象にした新税は、高知県の森林環境税に次いで全国で二番目である。発端となったのは「杉並病」だった。

 
区内の不燃ゴミの中継処理施設の周辺で健康被害を訴える住民が大量に出た。中継所は96年に都の施設としてできた。それが2000年に区の施設に移管された。山田はその頃からレジ袋税の構想を練り始め、約二年で導入に漕ぎ着けた。

「 将来、中継施設をなくしていく。誰かのせいにするのではなく、自分たちの行動でゴミを減らしていく。レジ袋税も不燃ゴミを減らすというライフスタイルの変革のきっかけになればと思った。全住民に負担をお願いするのは、負担するという高い意識を持ってもらいたいと思ったから。メッセージとして呼びかけた」

 山田は「住基ネットもレジ袋も基本的な考え方は自立心」と説く。

「自立を意識することが人間の幸福に結びつく。依存心からは幸福は出てこない。国家でも会社でも自分の人生でもすべてそうだ。自治体経営でも自立をみんなで意識していく」

 目標は税収確保ではない。レジ袋削減による環境保護だ。だが、消費者や小売業者の反発が予想された。「競争力の低下」を主張する商店主もいた。税方式がいいかどうかも問題になった。激しい議論を経て、レジ袋税条例は成立した。

 山田は施行日を決めないという異例の方式を取った。まず税以外の方法でレジ袋の削減運動を展開する。数値目標を設定して削減の状況を見る。一年経って目標が達成されれば施行をさらに先送りする。杉並区の『レジ袋通信』(02年12月12日号)によれば、レジ袋の削減目標は「03年7月・33%、04年7月・40%、05年7月・47%、06年7月・54%、07年7月・60%」となっている。


元衆院議員が『区長』への異例の転進

 
地方自治の現場で精力的に新しい実験に挑戦する山田は45歳という若さである。東京都議二期、衆議院議員一期を経て区長になった。

 ここ数年、国会議員の経験者が地方自治体のトップに転出する例が目立っている。91年以降の主なケースを拾ってみた(「衆」は元衆議院議員、「参」は元参議院議員)。

 木下敬之助(衆、91年に大分市長)、土屋義彦(参、92年に埼玉県知事)、藤田雄山(参、93年に広島県知事)、北川正恭(衆、95年に三重県知事)、木村守男(衆、95年に青森県知事)、金子原二郎(衆、98年に長崎県知事)、山崎広太郎(衆、98年に福岡市長)、石原慎太郎(衆、99年に東京都知事)、中村時広(衆、99年に松山市長)、堂本暁子(参、01年に千葉県知事)、中田宏(衆、02年に横浜市長)、松沢成文(衆、03年に神奈川県知事)、三村申吾(衆、03年に青森県知事)。

 県知事、大都市や県都の市長になるのは珍しくない。だが、山田のように区長への転進は例がない。

 山田は1958年(昭和33年)1月、八王子市で生まれた。プリンス自動車(後の日産)の技術者だった父親の勤務の関係で、学校時代、転校の連続だった。八王子と長崎と山口の三つの小学校、山口と東京の国分寺の二つの中学校に通った。

「そこで感じたのは、やはり自立。閉鎖的なものに対してすごい嫌悪感を抱いた。オープンがいいという強い意識と、自分で立ち上がっていくしかないという気持ちを持った」

 昔を振り返って言う。

 都立国立高から京大法学部に進んだ。父親は法律家にと期待したふしがあったが、歴史や指導者論に興味を抱き、伝記などを読み漁った。

「高二のとき、ロッキード事件が発覚した。リーダーが秘書のせいにして逃げ回っていた。辞めればいいのに辞めない。出処進退が潔くない。そんなリーダーの姿がショックだった。対照的に司馬遼太郎の小説なんか読むと、スカッとした人物が出てくる。きちんとしたリーダーの養成が絶対に必要だと思った」


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