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第五話  「資金難と松下幸之助さん」


 昭和60年(1985)6月の都議選準備のため、その年の1月に政経塾を辞めた。当時の塾は5年制だったので、あと1年残してやめたことになる。

 塾生としての選挙出馬は、愛媛県議に当選した1期生の小野晋也さん(現在 自民党代議士)に次いで2番目だが、小野さんの場合は、有力な前県議の地盤を継いでの選挙だったので、全く徒手空拳の選挙は、塾にとっても初めての経験だった。

 さて塾を辞めたはいいが、選挙まであと半年。27歳の私には、いったい何をしたらいいか、全くわからなかった。いたずらに時は流れていった。私の窮状をみかねて、同期生だった高橋君(前埼玉知事特別秘書)、長浜君(現民主党代議士)や海老根君(現藤沢市会議員)を始め、塾生たちがボランティアで手伝ってくれた。しかし、当時選挙を知っている者は皆無。


長浜代議士

海老根藤沢市議
(後ろは松沢神奈川県知事と中田横浜市長)



 とりあえず、事務所を開設したり、名前と顔を知ってもらうためにポスターやパンフレットを作って、町中に貼り始めた。しかし、これらで私の資金は一気に底をついてしまった。どうしよう?

 困った状態だったが、実はあまり心配していなかった。なぜなら、「最後は松下塾長に頼みにいけば、なんとか協力してくれるだろう」と、勝手に考えていたからである。なんせ松下さんは「天下のナショナルの創業者」の、自他ともに認める資産家なのだ。今にして思うと恥ずかしいかぎりだが、3月頃から、何度となく松下塾長に秘書課を通して、資金援助のお願いをしていた。しかし、いつも答えはNO!。

 あまりに私がしつこかったのか、必死の訴えだったのかはわからないが、とうとう松下塾長から、「一度会いましょう」ということになり、4月のある日、松下電器の東京支店を訪ねた。「なんとか資金を」という私の訴えに、松下さんはこう答えた。

 「出せへんな。わしが君に資金援助したら、君は落選する」と。

 「なぜですか」と私。

 「わしは金持ちやで」(「知ってます。だからお願いしているのです!」)

 「もしわしが君に援助したら、大切な有権者の人たちはどう思う?『山田は松下さんの後ろ盾があるから、お金はなんぼでもあるに違いない。自分たちが支えなくてもいいんだ』と思うやろ。そうしたら君、誰も本気で君を応援する人など出なくなるで。そしたら落選やな」

 (う〜〜〜ん)

 「資金が必要やったら、奉加帳つくってな、それを応援してくれそうな人に持って回るんや。奉加帳って知ってるか?」

 「いいえ」

 「寄付する人は、奉加帳に名前と金額を書いてもらうんや。五百円とか千円とか書いてな。千円出してくれる人を千人集めたら、君、百万円になるやないか。そんな人を千人、二千人と集めていくことができたら、当選間違いなしや」

 「そしてな、そんな努力を積み重ねて最後のページになったら、わしも名前書かしてもらうわ。ただ金額は前の人と同じ額やで。わかったか!」

 「は、はい」

 てっきり『いい話』かと想像していた、私の甘い予想は見事に崩れてしまった。松下塾長の話に妙に納得しながらも、私はうなだれて東京支社を後にした。

 (これからどうしよう)



政経塾の基本精神