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第八話  「演説のコツ!」



 その日も、いつものように重い足取りで『タックル演説』を繰り返し、夕方の街頭演説を高円寺駅北口で始めた。もう6月に入り、選挙まで残すところあと1ヶ月を切っていた。その日のテーマは、教育問題。しかし、やはり演説は空回り。空回りし始めると、だんだん早口になってくる。「今日も駄目か」と思いながらマイクでしゃべっていると、左の方向にある歩行者用の信号の前で、買い物袋を下げた女の人が立っているのに気づいた。私から40メートルくらい先にいた「その人」は、私の方を向いていた訳ではなかったが、信号が青に変わっても動く様子でもない。2度目の信号の青でも渡らなかった。

 「僕の話を聞いてくれてる!?」

 私は、とっさに、しかも勝手にそう思い込んでしまった。そう思った瞬間、私は自然に「その人」に向かって訴えていた。私の顔は四方を見ながら演説していても、心は「その人」だけに向かっていた。そして、いつのまにか「その人」だけに聞いてもらいたいと思って、熱弁を振るっている自分に気づいた。話す言葉はゆっくりとなり、抑揚も間もとれてきた。我を忘れていた。気がつくと、いつのまにか通勤帰りの人が1人、2人と立ち止まって、私の話を聞いてくれていた。

 ひと通りの話を終えた時、「その人」は青の信号とともに静かに去っていった。ひょとすると「その人」は、私の話を聞くために立ち止まってくれたのではなかったかもしれない。誰かと待ち合わせをしていたのかもしれない。しかしどなたかは知らないが、私の心は感謝の気持ちでいっぱいだった。「ありがとうございました。聞いてくれて。ありがとう、助けてくれて!」

 事務所に帰る道すがら、手伝ってくれている高橋君から「山ちゃん、今日の演説よかったぞ」と言われた。嬉しかった。何か吹っ切れたような気持ちになった。(ありがとう。みんな、ありがとう) 感謝の気持ちいっぱいだった。

 私は「演説のコツ」などということを、偉そうに言えるような人間では全くないことはわかっているが、この貴重な体験は、誰も足を止めてくれなさそうな駅頭であっても、たとえ何千人の会場であっても、一人一人の目を見て、その瞬間は「その人」だけに、誠意と熱意を持って話しかけることこそ、演説の基本だということを教えてくれたような気がする。

 しょせん人間は、真剣であればあるほど、目は二人の人を同時には見られないし、心も二人の人に同時に伝えることなどできないから。なんでも「一人から。一人でも」が基本だ。



ラッタッタでタックル演説へ


赤いジャージーで手作り演説会