17日に民主党の代表選挙があり、前原誠司氏が新代表に選出されました。
実は彼とは浅からぬ縁があります。まず政経塾の後輩。さらに大学の後輩というだけでなく、法学部の高坂正尭教授(国際政治学)のゼミの後輩でもあるのです。
私が松下政経塾に入った経緯は「やまぞーワールド第3話」に書きましたが、私が在塾中、ゼミの後輩ということで前原君が訪ねてきました。高坂先生に相談したら「山田に聞いて来い」と言われたというのです。私も当時、海のものとも山のものともわからない政経塾をめざす奇特な奴がいることに嬉しくなり、茅ヶ崎の飲み屋でじっくり話したのが出会いの最初でしたが、「好青年だけど、少し線が細いかな」という最初の印象でした。
その後、彼は塾の試験をパスし、晴れて7期生としての入塾が決まりました。私も飛び上がって喜んだことを忘れられません。ところが4月の入塾を控えた3月になって、彼から連絡が入り、「先輩すみません。ドイツ語の語学の単位を落としてしまい留年になってしまいました。来年また受けますのでよろしく」と言うではありませんか。私はびっくりとがっかりでしたが、彼は再び8期生の入塾試験を受け、見事合格してその翌年入塾してきました。こんなことは政経塾では前代未聞のことです。彼は一度決めたら貫く太さと粘り強さがある男なのです。
彼が入塾してまもなく、私の2期目の都議選があり、彼は荻窪のアパートに泊まりがけで手伝ってくれました。その後彼は京都府議選で当選し、1993年の衆議院選挙では共に日本新党で当選、細川内閣を支えました。翌年細川首相が突然辞任した後のゴタゴタの中で、彼は細川、小沢ラインに反発して日本新党から新党さきがけに移ったので、少し疎遠になった時期もありましたが、やはり先輩後輩の関係はずっと続いてきました。
今回の民主党の代表選挙に立候補を表明した直後、私は彼に電話して「やると決めたら勝って、即座に天下のブレーンを集めて代表直属の政策諮問会議をつくり、代表としての考えを、党内の力学とかを考えずにバンバン出していかないと求心力は保てないよ」と話しました。彼は「わかりました。同じ考えです」と答えていました。
長年の労働党政権で全く歯の立たなかった保守党は、歯に衣を着せぬ信念の女性サッチャーを党首に選びました。しかし当時は彼女への評価はまだ未知数でした。しかし彼女は「政策はいくらでも妥協するが、信念や哲学に妥協はない」という態度で「闘う民主主義」を標榜し、政権交代を果たし、英国病に悩む当時の英国を再生していきました。前原君も「闘う民主党」ではなく、自らが「闘う民主主義」を実践してほしいと思います。
いずれにせよ前原君は「一度決めたら」という強い精神の持ち主です。硬骨漢でありながらも、とても優しい心を持った人間です。私は長年の付き合いで、彼の人柄はよくわかっています。大いに期待して応援したいと思います。
まずは、おめでとう。
