山田宏の公式ブログ
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山田宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」公開中!
政治に関する考えから、日々の気づいた事柄まで何でもご紹介致します。

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日本維新の会と太陽の党の合流について
2012.11.17

日本維新の会と太陽の党が合体し、これまでの日本維新の会の掲げてきた基本政策を柱に、党名も日本維新の会、そして代表に石原前都知事、代表代行に橋下市長という、新たに充実した布陣で今回の総選挙を闘うこととなった。

 

私は、日本維新の会が、その理念と政策を実現するために、望ましい布陣になったと思う。なぜなら、都知事として様々な実績をあげてきた石原氏と、大阪市長として今現実に改革を進める橋下氏という、いわば東西自治体の「自治体改革の雄」がツートップになれば、必ずこれまでの「決められない政治」「進まない政治」に大きな風穴を空け、日本再生の道筋が開けてくると確信するからだ。

 

そして私も、その一員として全身全霊で頑張りたいと、改めて誓いたい。

 

私は27歳で都議会議員、35歳で衆議院議員を務めて、41歳で杉並区長に就任したが、首長として自治体経営に携わってみると、議員だったときと比べ、政治や行政への見方が大きく変わった。

 

一言で言うと、議員は予算の使い道ばかりに目を向けがちだが、首長は「使えるお金をいかに生み出していくか」に心を砕く、ということだ。

 

これは首長と議員という職責の違いによるものだが、まさに首長を務めるということは、「経営者」としての経験と見識を積んでいくということ。だから、議員として当選回数を重ねるということは、「多くの有権者に支持され続けている」という点では立派なことではあるが、しかし当選回数と「国家経営者」としての資質と見識が備わっているかということは、必ずしも一致しない。

 

つまり、当選回数が多いことと、首相や大臣という「国家経営者」の職務が務まるということとは、全く別次元の話ということだ。

 

石原前都知事と橋下大阪市長という、ツートップをもった日本維新の会に期待してもらいたい大きな理由の1つは、まさにそこにあると思う。

フィリピン産バナナを食べよう!
2012.11.11

バナナの値下がりが止まらない。今バナナは安いお店では5本100円前後で売っている。

 

なぜバナナがこんなに安くなったのか。それはフィリピン産のバナナが5月以降大量に輸入されてきたからというのが、大きな原因らしい。

なぜ急にフィリピンからのバナナの輸入が増えたのか。それは、5月以降中国がフィリピン産バナナの輸入を、検疫を強化することで、事実上制限してきているからだ。

 

では、なぜ中国がフィリピン産バナナの輸入を制限しているのか。それは中国とフィリピンが、南シナ海の南沙諸島(スプラトリー群島)やフィリピンのすぐ西にあるミスチーフ礁周辺で領土紛争を抱えており、フィリピンが中国に対してとった対抗措置に対する報復の一環として、バナナの事実上の輸入制限を行っているのだ。

 

これまでも述べてきたように、昨今中国はその経済力や軍事力を背景に、自国の海洋権益の拡大に努めており、南シナ海では、ベトナム、フィリピンやインドネシアなどと領土紛争を、そして東シナ海では日本と尖閣諸島をめぐって領土紛争を起こしている。そして、対抗措置をとる国に対しては、二国間の様々なレベルで露骨な圧力をかけてきているのだ。もちろん、わが国にも。

 

この中国のバナナの輸入制限措置によって、フィリピンではバナナ生産者の廃業という経済問題まで起きているそうだ。これはWTOの協定違反ではないのか。だが、中国は自国の領有権主張を押し通すために、対立国が根を上げるまで使えるあらゆる手段を駆使するだろう。

 

フィリピンの置かれている状況は、明日はわが身である。わが国である。またインドネシアかもしれないし、ベトナムかも、オーストラリアかもしれない。

中国のこのような横暴を許せば、いずれは今日の国際秩序の崩壊につながる。

 

以前「バナナダイエット」というのが流行った。中国の横暴を許さないためにも、もう一度「バナナダイエット」を奨励し、フィリピン産バナナを購入して、みんなでフィリピンを支援しようではないか。

ロシア訪問記(PART3)~北方領土問題とは
2012.11.09

  最後に、北方領土問題について簡単に触れておきたい。

 

 北方四島は、歴史的にも一度もロシアの領土になったことはない、わが国固有の領土であることは間違いのない事実だ。長年にわたり多くの日本人が住み、

墓地もあるが、ロシア人が住んだ形跡は、ソ連が占領するまで存在しない。

 

 1854(安政1)年に日露和親条約で択捉島とウルップ島の間を国境線と定め、その後1875(明治8)年の樺太・千島交換条約で、国境が不確定だった樺太と「千島列島(Kril Islands)」を交換して、わが国は「千島列島」を領土とし、さらに1905(明治38)年の日露戦争の勝利で南樺太を得た。

 

 つまり「千島列島」とは、ウルップ島以北の島々を指している。

 

 しかし、大東亜戦争の終結直前の1945(昭和20)年8月9日に、ソ連は突如日ソ不可侵条約を一方的に破り日本に参戦、8月15日に日本がポツダム宣言を受け入れて武装解除をした後も、無防備な当時の日本領に侵入し千島列島に沿って南下し、北方四島まで奪った。その後1951(昭和26)年のサンフランシスコ講和条約で、わが国は「千島列島」の領有権を放棄した(ソ連に渡した訳ではない)。

 

 この歴史的経緯をみても、放棄した「千島列島」に「北方四島」が含まれていないことは自明で、ロシアは不当不法に奪ったわが国固有の領土を返還すべきだというのが、わが国の主張だ。

 

 一方ロシア側は、1945(昭和20)年2月の米英ソのヤルタ秘密会談で、ソ連の対日参戦と「千島列島」のソ連帰属を約束されたもので、「千島列島」の一部である北方四島も、当然ヤルタ協定に基づきロシア領となったと主張する。

 

 しかし、米国はヤルタ協定の法的効果を認めておらず(つまり国際法ではない)、しかも前述したように「千島列島」の範囲には、歴史的に「北方四島」は含まれないのは明らかだ。

 

 今回の訪ロでも、私は面会したほとんど全てのロシア関係者に対して、わが国の主張と「北方領土」問題の早期決着を求めたが、ロシア側の答えは「北方四島は歴史的にロシア領である。だが領土問題の存在は認める。領土問題の解決のためにも、まずロ日の経済や文化協力の強化が必要」とのことだった。

 

 ロシアでも世論の影響力が強まり、その傾向はますますナショナリズムに傾いており、この領土問題の決着にはかなりの時を要するだろうが、わが国としては「四島に対する日本の主権の回復が認められれば、その返還のタイムスケジュールは柔軟でよい」という考えで、私もこの線で粘り強く交渉に当たっていくべきと思う。

 

 決して「二島の主権」とか「四島全体の面積半分の主権」といった主権の妥協をしてはならない。国家主権で妥協をすれば、必ずわが国は他国からの侮りを受ける事態をもたらすからだ。

 

 領土問題の解決には、ロシアにとってどうしても日本の協力を得なければならない厳しい国際環境や国内環境が生まれてこないと困難かもしれない。わが国としては、そのタイミングを自ら作る戦略とともに、その機会を逃さないように十分注意し準備しつつも、一方でロシアに対する経済協力と安全保障強力、そして文化戦略を強化していくべきだろう。

 

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