日本を知ることで、日本人としての誇りを醸成する。
志誌『Japanist』29号(2016年4月25日発売)に掲載された、山田宏の連載インタビュー Vol.7。
Japanist Interview
インフラと情報をセットで輸出する
インフラ輸出と外交政策
髙久 多美男(Japanist編集長 以下:高久)
安倍政権は「一億総活躍社会」の実現による「GDP六〇〇兆円」達成を目標に掲げていますが、今回は経済政策についてお訊きしたいと思います。山田さんは杉並区長時代もさまざまな政策によって産業振興を図り、それが大きな成果をあげました。日本経済を強くするため、わが国はこれからどういうことをするべきだとお考えですか。
山田 宏(以下:山田)
今、世界経済はさまざまな不安要因を抱えています。これまで世界経済の牽引役だった中国経済の失速が顕著になり、原油の下落も続いています。そういう状況下において、日本はただ手をこまねいているわけにはまいりません。日本経済を強くするためのさまざまな取り組みが必要です。そのひとつが、日本の優れたインフラの輸出だと考えています。昨年、インドネシアの新幹線受注獲得競争で、日本は中国に敗れました。新聞の報道などでは日本の総工費が高いとか工事期間が長いからということになっていますが、現場の話を聞くと、どうやらそうではなさそうです。総工費はほとんど同じだということでした。では、どこが違うかと言いますと、日本が出した条件は、ジャカルタからバンドンまでの路線に五つの駅を作り、インドネシア政府に一定の負担を求めるというものでした。一方、中国側は八つの駅を作り、B to B、つまり民間同士で運営するため政府の保証は不要という案でした。また、日本側は二〇二一年から運用開始とし、中国側は昨年九月に着工して次のインドネシア大統領選挙前の二〇一八年に開始するという計画でした。ただ、一度中国に決まったものの、まだ工事が着工しておりませんので竣工は大幅に遅れる可能性がありますし、ここへきて中国側はインドネシア政府の保証を求めてきていますから、もしかすると中国との契約は白紙になる可能性もあります。仮に白紙にならず予定通りに竣工しても、果たしてインドネシアの柔らかい地盤で安全性は確保できるのかという不安もあります。
髙久
インフラ輸出となると、最近とみに中国との競合が話題になりますね。
山田
新幹線に限らず、原発などインフラ輸出には、常に中国が立ちはだかってくるとみていいでしょう。それでも日本は中国に勝たなければなりません。
髙久
中国は世界の工場、あるいは国内の設備投資を呼びこむことによって経済大国となった面がありますが、それも行き詰まっているということなのでしょう。あれだけの人口を食べさせていくのは容易ではないですから、これからはなりふり構わず、あらゆる手段を使って競争に勝とうとするでしょうね。
山田
中国がインフラ輸出を重点的に行い始めた背景には、鉄鉱石の需給ギャップがあります。今、世界の粗鋼生産能力は約二三万一千トンですが、実際に生産されているのは一六万五千トンです。そういう状況にもかかわらず、中国や東南アジアではこれからも鉄鋼所ができてきますので、ますます鉄鋼が余ってくるわけです。これをなんとか消費しなければならないということで、鉄道などインフラ輸出に注力するようになったのです。
髙久
少し前までは鉄不足が深刻でした。世界経済の変わりように驚かされます。
山田
先日、安倍総理とインドのモディ首相との間で、インドでの新幹線の輸出(一部)が決まりましたが、これも原発とのパックです。私は今後日本が戦略的に重視すべきところは、東南アジアと南アジアだと思います。今、中国はチベットの北側にある雲南省の昆明からラオス、タイ、ミャンマー、マレーシアを抜けてシンガポールに至る東南アジア縦断鉄道を企画しています。この背景には、中国で余っている物資を東南アジアで売りたいということと、南側の出口を押さえたいという二つの理由があると考えられます。それに対して、日本はベトナムのハノイ近くのハイフォン港からカンボジア、タイ、ミャンマー、バングラデシュを抜けてインドのムンバイに至る横断鉄道を実現させるべきと考えます。新幹線ではなく、貨物列車と普通の客車でいいと思います。今、それらの国をつなぐ路線はありません。それをODAとアジア開発銀行を絡ませて売り込むわけです。それが実現すれば、それらの地域が発展しますし、日本はその恩恵にあずかることができます。そのために日本はそれらの地域を研究し、どうやってその鉄道を生かして地域に豊かさをもたらすかという企画を練って、それらの国々を説得する必要があります。それが結果的に日本の外交政策にもなります。
髙久
これまで日本は、戦略的な外交政策は不得手だったような気がします。
山田
そうです。これまでわが国はインフラ輸出を通じて十年、二十年先を見通す国家戦略をもっていませんでしたが、これからは中国の覇権主義に対抗する意味でも、東南アジアから南アジアに至る横のラインを確保し、さらに東シナ海と南シナ海は米国との同盟関係を強化して「平和の海」を維持する必要があります。
髙久
インフラ輸出と外交政策をセットで考えるという国家戦略ですね。
高度なソフトをセットで輸出する
山田
ただ、これからは物を売るだけではダメです。たとえば、なぜボーイング社の航空機が売れるのか。もちろん、航空機の性能がいいということもありますが、それだけではなく、アフターケアがしっかりしているからという面を忘れてはいけません。ボーイング社のコントロールセンターが航空機のハード面での安全性の管理のみならず、コックピット内のパイロットの健康状態に至るまでをマネジメントし、異常があれば即座に適切な対応がとれるような体制ができているのです。コマツのブルドーザーもそうですね。ブルドーザーはよく盗難に遭うらしいですが、仮に盗まれた場合、コマツのコントロールセンターが遠隔操作で制御不能にしてしまいます。つまり、リスクを負ってコマツのブルドーザーを盗んでも使いものにならないわけですから盗む人はいなくなります。このように、これからはアフターケアの重要性がますます高まってきます。高度な技術のインフラを輸出する際は、ただ物を売るという発想ではなく、アフターケアをセットで評価してもらうということが必要です。これこそがソフトの輸出と言えるでしょう。
髙久
新幹線の輸出においても、そういうことが言えそうですね。
山田
そうです。もともと日本の技術は安全性が高いという評価がありますが、さらにコントロール体制をしっかり確立し、アジア各国で鉄道の運行をしながら日本の中央コントロールセンターがすべてをチェックし、不具合があれば即座に対応できるようなシステムを開発したら、日本は世界で一人勝ちですよ。堺屋太一さんが「知価革命」で言ったように、一定の情報を誰が最初に持つかということで優勝劣敗が決まってしまいます。
情報開示によって新たなビジネスを生む
髙久
そのような考え方で日本の得意分野を掘り下げていけば、さらに可能性の高まる分野もありそうですね。
山田
実は気象衛星における日本の解析能力は世界でトップです。しかし、今は気象衛星によるデータが役所に溜まっているだけで、民間はそれらを活用することはできません。しかし、これからは安全保障に係るもの以外、自国にとってプラスになる企業であれば、どんどんオープンにしていきます。日本では税金で集めた情報は役所のものという感覚がありますが、アメリカやヨーロッパでは納税者のものという感覚です。やはり、納税者によって得た情報は納税者に還元すべきなんです。
髙久
例えば、どういった活用の仕方があるんですか。
山田
気象情報を詳細に分析することによって、半年後、この地域に砂嵐が起きるとか干ばつが起きるというピンポイントの予測ができるようになります。それがわかれば、商社は先を見越して必要な商品を売ることができますし、灌漑設備のメーカーは前もって必要な提案をすることができます。このように、気象衛星で得た情報を活用すれば農業や漁業、森林資源、水資源開発などさまざまな分野で生かすことができますし、それが社会の役にたつわけです。気象庁に情報が溜まっていても、なにも生み出しませんよ。
髙久
民間活用できないというのは法律でそうなっているのですか。
山田
そうです。今まではそれを活用しようとする動きもありませんでした。情報のストックがあるのですから、お金もかかりません。日本に利する企業には、どんどんオープンにし、活用できるようにすればいいのです。これは日本の技術による世界への貢献ともなります。情報をオープンにするだけで、水資源関連のビジネスは世界で百兆円、また農業と漁業のビジネスは国内だけでそれぞれ一四兆円の規模になると言われています。
髙久
情報開示革命といっていいかもしれませんね。
山田
そうです。データ・ビッグバンです。データといえば、なんといってもすごいのは日本の医療情報です。日本は五十年以上前から国民皆保険制度が確立しています。その間のすべての医療情報が記録されています。どういう治療をすれば、どういう結果になるかというデータが膨大にあるわけです。こんな国、世界中に日本しかありません。
髙久
そのデータを活用するということですか。
山田
もちろん、個別の診療記録をオープンにすることはできませんが、匿名で使用することを条件に、医療情報をオープンにすることができれば、医薬品や医療機器の開発にも寄与するはずです。そうなれば、世界中の病院や製薬会社や研究機関がこぞって日本に拠点を置くようになるでしょう。そして、ますます日本の医療は世界の最先端として発展を遂げると思います。
髙久
私は医療機関とはほとんど無縁の生活をおくっていますが、世界の国々は日本の医療情報を求めているでしょうね。
山田
これほど有益な情報ストックは他にありませんよ。私は医療情報開示を推し進める上で、沖縄を医療特区にすればいいと考えています。沖縄経済の発展のために、本人の同意のもとに医療情報の一部を開示し、利用できるようにしたらいいと思います。もちろん、匿名化は絶対的な条件です。その上でインフラと医療情報を組み合わせ、観光医療ツーリズムを増やしていく。それが成功すれば、やがて日本は世界の医療の中心になります。
髙久
山田さんがおっしゃった戦略を遂行する上で、公共工事費のような膨大な予算は要りませんね。
山田
知恵を出せば、経済対策はいくらでもできますよ。ただ、そのためには発想そのものを変えなければいけません。繰り返しますが、どの分野でもそれをいちばん最初にやった国が主導権を握ります。航空機の分野ではすでにアメリカがイニシアチブを握りましたが、気象情報や医療情報の分野では、どの国もまだ可能性が残っています。日本は情報のストックという点で圧倒的に有利な立場にありますが、あとはそれを活用しようという動きが社会のなかで醸成され、実行されるかどうかでしょう。そのためにも、官民一体となって取り組む必要があるのです。
●森 日出夫:撮影
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