山田宏のニュースリリース
山田宏のニュースリリース

講演やフォーラムなどの山田宏が出演するイベントなど、告知情報等に関するニュースリリースをご案内しています。

News

八重山日報 4/23掲載コラム 『拝啓「琉球新報」社説どの』
2015.05.12

沖縄・八重山日報に月一回コラムを掲載しています。

八重山日報さんのご了承の元、4月23日コラムを転載いたします。

 

**********************************************************************

(八重山日報(H27.4.23)より転載)

 

『拝啓「琉球新報」社説どの』

 

 

『琉球新報』が四月八日、『歴史教科書検定 事実を教えてこそ教育』という社説を掲げました。

「事実を教えてこそ教育」――まったくその通りです。ついに『琉球新報』も慰安婦強制連行や南京事件などをあたかも疑うことのできない事実であるかのように教えてきた教育への批判を始めたのかと思って読み進めましたが、その期待は裏切られました。

 この『琉球新報』の社説は、来年の中学校の歴史教科書のすべてから沖縄戦の「集団自決」についての記述がなくなることへの異議でした。「これで沖縄戦の実相、軍の非人間性、ひいては戦争の愚かさ、平和の尊さを教えられるはずがない。1996年度検定では8社中6社の教科書が『日本軍は集団自決を強要したり』などの表現で、軍が住民に死を強制したことを明記した。しかしその後、軍の強制性を明記する教科書が次第に減り、ついに一冊もなくなるのである。教育の危機と言わざるを得ない」というのです。

 しかし、これは逆ではないでしょうか。事実を書いていないといいますが、では、「集団自決が軍による強要だった」とする根拠は、どこにあるのでしょうか。

『琉球新報』の社説は、「『集団自決』での軍命の有無が争われた大江・岩波裁判判決は『集団自決には日本軍が深く関わっていた』と軍の関与を認定した。この間の検定結果はその判決を反映しておらず、看過できない」と決めつけます。

 しかし、その最高裁による上告棄却によって確定した大阪高裁判決自体が、こう書いているのです。

「このような歴史的事実の認定については、多くの文献、史料の検討評価が重要な要素とならざるを得ず、また、その当時の社会組織や国民教育、時代の風潮、庶民一般の思考や価値観、日本軍の組織や行動規範など多くの社会的な背景事情を基礎として、多様な史料を多角的に比較、分析、評価して事実を解明してゆくことが必要となる。それらは、本来、歴史研究の課題であって、多くの専門家によるそれぞれの歴史認識に基づく様々な見解が学問の場において論議され、研究され蓄積されて言論の場に提供されていくべきものである。司法にこれを求め、仮にも『有権的』な判断を期待するとすれば、いささか、場違いなことであるといわざるを得ない」

 判決がこう書いているのに、「判決を反映していない」と鬼の首を取ったように書くのは、「報道」機関としてはいささか見識に深みがないといわざるをえません。

 先の大戦では、沖縄や南洋諸島の島々など各地で、米軍の侵攻を受けて日本の民間人の自決が行なわれました。戦争中のことです。手榴弾で自決した例もあります。「軍の関与」といえば、そういえることも多いでしょう。しかし、それが「軍の強要」であったのかどうか。そこは慎重に精査せねばならぬ問題です。

 たとえば、貧しさゆえ身売りせざるをえず、慰安婦になった方々を気の毒に思う心情は、現代を生きる多くの日本人が共有するものでしょう。慰安所の管理に「軍が関与」していたことも諸史料から明らかです。しかし、だからといって「軍が強制し、性奴隷にした」という議論にはならないのです。

 また、『琉球新報』はこの社説で、「何より、軍の強制については数々の証言がある。事実を書かないことを『妥当』とすることはできない。文科省が歴史教育の大切さを考えるならば、06年検定意見を撤回すべきである」と書きます。

 私はこの文章を読んで、つくづく「待ってくれ」といいたくなりました。日本の新聞メディアが、吉田清治なる人物による「私が済州島で慰安婦狩りをした」という「証言」を元に慰安婦強制連行という虚報をあたかも事実であるように何十年間も書き続けたために、その結果として今日、日本と韓国が不幸な関係に陥ってしまったことへの反省がまったく見られないからです。「証言」がそのまま「事実」でないことは、慰安婦強制連行という虚報の例ひとつをとっても明白なことではありませんか。

 子供たちに戦争の悲惨さや平和の尊さを教えることは当然のことであり、大賛成です。戦争のない社会を築かねばならないことも、言うまでもありません。しかし、だからといって、事実かどうかに疑義が唱えられ、歴史的な検証が十分ではないことを子供たちに教えていいのでしょうか。

 沖縄がその地政学上、そして戦略上重要な場所にあったために、多大の犠牲を強いる結果になってしまった事実を、私たちすべての日本人は永遠に忘れてはならないし、教科書に沖縄戦の悲惨さについて記すことは必要なことだと思います。

 しかし戦争の悲惨さは、「米軍の侵攻によって、自ら命を絶った人たちがいる」という事実だけで、十分に伝わるのではないでしょうか。なぜ、わざわざ「日本軍が強制した」といわなければならないのでしょうか。日本を、そして沖縄を守るために命を落としていった日本軍の将兵を、なぜ、そこまで貶めなければならないのでしょうか。

 仮に自分の政治的な意図のために歴史を貶めるというのであれば、中国や韓国の一部政治勢力がやっていることと同じになってしまいます。私はそのような行為は、多くの良識ある沖縄の方々のプライドが許さないだろうと思います。まさに「琉球新報」社説のタイトルのように、「事実」にしっかり根ざした主張を貫くことこそ、報道機関のプライドであるべきでしょう。

SKMBT_C224_15051217120_0001

『私案 新・日本国憲法 前文ー山田宏』
2015.05.03

わが国は長い歴史を通して、

国の象徴たる天皇のもと、豊かな文明を築き上げてきた。

先祖を敬い、家族を大切にし、

自然を畏れ、清く明るく正しく直い心を重んじた先人たちの歩みにより、

日本ならではの自然観、倫理観、宗教観が形づくられてきた。

また、古より「言霊の幸う国」と語り継がれてきたことが示すように、

豊かな言葉と感性によって

多様で優れた文化芸術が生み出され、守り伝えられてきた。

 

さらにわが国は、諸外国の優れた文物を積極的に受け入れ、

広く世界の衆知を集めることにより、

つねに自らを高める努力を積み重ねてきた。

 

わたしたちの願いは、

この歴史と文明を受け継ぐものとして、

物心両面で豊かな国を築き、

自らの知恵と力でこれを守り、

美しく豊かで平和な日本を幾久しく次代へ受け渡し、

そして、この日本の力を

世界の安寧のために役立てていくことにある。

 

わたしたちは「ひとの幸う国」をめざす。

 

わが国の力の源は、ここに住まう「ひとの力」にこそあった。

道義が栄え、教育が栄え、諸々の技芸が栄え、智恵が豊かにあふれる国。

人びとが自由のうちに自らの天分を追求し、実現させていくことができる国。

万機を公論に決する民主主義の伝統を堅持し、

国民がお互いの知恵を持ち寄って進むべき道を切り拓いてゆく国。

それが、わが国のあるべき姿である。

 

またわたしたちは、これらの諸価値を重んずる諸国民と手を携え、

より広く「ひとの幸う世界」をつくりあげることに貢献していきたい。

 

わたしたちは「いのちの幸う国」をめざす。

 

日本人は、この豊かな自然の生きとし生けるものと

共に生きる精神を培ってきた。

この叡智を生かし、

わたしたち各々のいのちを相互に尊重するとともに、

かけがえのない地球のいのちを守っていくことこそ、

わたしたちの崇高なる使命である。

 

わたしたちは「和の幸う国」をめざす。

 

日本書紀がいまに伝える「憲法十七条」が、

「和を以て貴しとなす」の一文からはじまるように、

いにしえより、わたしたちは「和」の精神を重んじてきた。

わたしたちは、これからも和を貴ぶ国であることを誓い、

また、この精神のもと、和の先導者として

国際平和の実現に力を尽くすことを誓う。

SKMBT_C224_15050313540_0001 SKMBT_C224_15050313540_0002 SKMBT_C224_15050313540_0003 SKMBT_C224_15050313540_0004 SKMBT_C224_15050313540_0005 SKMBT_C224_15050313540_0006 SKMBT_C224_15050313540_0007

News topics【最新のニュースリリースを20件表示しています】

このページのトップへ