山田宏のニュースリリース
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【八重山日報 11/15(火)掲載コラム 『寺島宗則外務卿の気概を取り戻せ』】
2016.11.19

【八重山日報 11/15(火)掲載コラム
     『寺島宗則外務卿の気概を取り戻せ』】

沖縄・八重山日報にコラムを掲載しております。
八重山日報さんのご了承を得て、転載いたします。
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『寺島宗則外務卿の気概を取り戻せ』

 中国の人民日報社のウェブニュースメディア「人民網」が2013年5月12日に次のような論文を掲げていたことを、ご存じでしょうか?

「中国は3つのステップで『琉球再議』(引用者注:沖縄が日本に属するかどうかを再議するという主張)を始動できる。
 
 第1ステップ、琉球の歴史の問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究・議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。
 
 第2ステップ、日本の対中姿勢を見たうえで、中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する。一国の政府が重大な地政学的問題において立場を調整するのは、国際的に珍しいことではない。その必要が確かにあるのなら、中国政府はこのカードを切るべきだ。
 
 第3ステップ、日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。あと20-30後【ママ】に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすのなら、中国は琉球を日本から離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ」
 
 少し長い引用になりましたが、じつにあからさまな主張です。そして、沖縄の方々なら、沖縄の一部の学者や主要二紙が、まさにこれに沿うかのような言論活動を行なっていることに、すぐにピンとくると思います。
 
 もちろん日本は、このような動きを断じて許してはいけません。ところが、大きな問題があります。日本人が自国の歴史について無知すぎることです。
 
 外務省もそうです。衆議院議員だった鈴木宗男氏が、2006年に衆院へ「琉球王国の地位」ついての質問主意書を幾度か提出し、「政府は、1868年に元号が明治に改元された時点において、当時の琉球王国が日本国の不可分の一部を構成していたと認識しているか。明確な答弁を求める」と質問したのに対して、こう答えています。
「沖縄については、いつから日本国の一部であるかということにつき確定的なことを述べるのは困難であるが、遅くとも明治初期の琉球藩の設置及びこれに続く沖縄県の設置の時には日本国の一部であったことは確かである」
 
 こんなバカなことがあるでしょうか。というのも、すでに1879年(明治12年)7月16日に、当時、外務卿だった寺島宗則が、清国に対して次のように主張しているからです。

「琉球が日本の南島であることは久しく、地脈は長く連なって続いています。その文字は日本のかな文字を使い、言語、神道、風俗、一つもわが国のものでないものはありません。日本の国史には、中国が隋や唐だった時代から、琉球が日本に朝貢していた歴史が記されています。天平7年(735年)には、太宰府の使いを南東に派遣し、碑を建てています。豊臣秀吉が朝鮮征伐を行なったときに、琉球王の尚寧に兵糧を出すよう命じたのに、半分しか出さなかったこともあり、慶長14年(1609年)には徳川氏が島津家久に命じて兵を発してこれを討たせました。尚寧は降って、家久とともに江戸に詣でています。以後、島津家は徳川幕府の命を受けて、代々、琉球を管理することとなり、人を遣わして島の政治を行ない、沖縄の人びとが銃器を手に取るのを禁じ、法章15条を琉球に授け、琉球側も誓書を提出しています」(明治12年7月16日付、寺島外務卿より宍戸在清国公使への書翰の抄訳。以下同)

 

 清国は、日本が琉球で廃藩置県を行なったこと(1879年)に抗議をしてきたのでした。琉球国がそれまで清にも朝貢していたからです。しかし、その朝貢も、実質的には薩摩藩が鎖国の禁をかいくぐって琉球を通じて貿易をすることの一貫のようなものでした。

 

   寺島は、清国にたいして、こう強く主張します。
「琉球はすでに独立した一国ではなく、廃藩置県も専ら日本国の政治制度の変革によるものです。他国を滅ぼし、その国の人びとの祀りを絶つようなものではありません。わが国の内政問題であり、他国の干渉を容れるべきものではない」

 寺島外務卿がこの主張をしたのは、日清戦争の15年ほど前です。当時の国力では、日本と清が戦って、日本が勝てたかどうかも定かではありません。しかし、その劣勢においても、明治の日本人は大国・清に対して「歴史の真実」を強く主張したのです。

 

   現在の外務省の人びとも、寺島外務卿はじめ偉大な先輩たちの気概に大いに学ぶべきです。「確定的なことを述べるのは困難だが、遅くとも廃藩置県の時には日本国の一部であった」とは何たる堕落でしょうか。外務省がこんな態度だからこそ、中国が「琉球再議」などとつけ込む隙を与えているのです。

 

   この点について、私は2016年10月20日の参院外交防衛委員会で岸田文雄外相にしっかりと質しました。早々に、外務省も正しい見解を出してくれるものと期待しています。

 沖縄県民を含むすべての日本人も、正しい歴史をしっかりと知り、主張せねばなりません。そうでなければ、冒頭にかかげたような中国の狙いの「思うつぼ」になるばかりです。

 

   寺島外務卿は荒唐無稽なことをいっているのではありません。沖縄の言葉が日本語であることは、あらためていうまでもありません。また、沖縄には波上宮という神社があります。創建は不明ですが、隣接する真言宗の護国寺が1368年にはあったと考えられています。ご祭神は伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊。ちなみに護国寺が波上宮の別当寺として創建されていることから、すでにこの時点で、まことに日本らしい「神仏習合」が行なわれていたことがわかります。

 

  ちなみに波上宮には明治天皇の銅像が建立されています。本土復帰の2年前の1970年に建てられたものです。この銅像の台座には明治天皇の真筆の「国家」という文字が刻まれています。一日も早い本土復帰を願う沖縄県民の心がよく表わされています。

 

  歴史を見ても沖縄が日本の一部であることは疑いなく、大多数の沖縄県民の心も日本と共にあるのです。一部の過激な主張に惑わされるべきではありません。歴史と文化とをきちんとふり返るべきでしょう。SKMBT_C224_16111913370_0001

【八重山日報 11/12(土)掲載コラム  『沖縄と本土の「心の分断」に乗ってはいけない』】
2016.11.14

沖縄・八重山日報にコラムを掲載しております。
八重山日報さんのご了承を得て、転載いたします。
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『沖縄と本土の「心の分断」に乗ってはいけない』

 こんな歌があります。

「つばさ散り 操縦桿は折るゝとも 求めてやまじ 沖縄の海」
 
昭和20年6月22日、19歳の若さで沖縄に侵攻する米艦隊へ特攻して戦死された、三重県ご出身の浜田斎さん(陸軍航空隊第179振武隊)が遺書にのこされた一首です。たとえ愛機の翼や操縦桿が折れようとも、何としても沖縄へ行くんだ。その強い思いが、胸を打ちます。
 よく、「特攻という非道な作戦に身を投じるなど狂気の沙汰だ」と断罪する人がいます。しかし、これほど特攻隊員をバカにした話はありません。特攻に参加した若者たちも、この特攻という「十死零生」の攻撃が、どれほどに常軌を逸したものかは痛いほどにわかっていたはずです。それでもなぜ、なお特攻に身を投じたのか。それは「沖縄を救おう、同胞を救わねば」と思っていたからではないでしょうか。圧倒的な米軍に侵攻され、当時の日本軍の力では通常の航空攻撃では撃墜されるばかりで効果が上がらない。ならば、特攻をしてでも救わねばならない。そう思って、その身を捧げられたはずです。そうでなければ、冒頭に掲げたような歌が生まれるはずがありません。そうして沖縄への航空特攻で、日本全国の3千余の若者たちが亡くなられました。
 
 先日、摩文仁の平和祈念公園に足を運びました。沖縄守備隊第32軍司令官牛島満中将が自決された「沖縄戦終焉の地」です。沖縄には守備する日本軍将兵・軍属があわせて約10万人いましたが、戦死者は9万4千人余にのぼります。そのうち沖縄県外出身者がおよそ6万6千人であったといわれます。ですから、この平和祈念公園には、沖縄戦で散った日本全国32府県の慰霊碑が建立されています。
 
 ところが、聞くところによると、沖縄の学校で、この場所に子供たちを連れてくるところは少ないのだといいます。ある方に、その理由を尋ねたら、こんな答えが返ってきました。「この祈念公園にある慰霊碑を見せると、『本土は沖縄を見捨てたのだ』と教えることができなくなってしまいますから」。
 
 私はこの話を聞いて、本当に残念でなりませんでした。誰でも、「見捨てられた」などと教えられれば、多かれ少なかれ心に「しこり」が残るはずです。たしかに沖縄戦では、沖縄県民は多大な犠牲を強いられました。しかし、だからといって「見捨てられた」などと教える人は、沖縄のために散った約7万人の日本全国の若者たちのことをどう考えるのでしょうか。あまりに事実とかけ離れています。彼らに対するあまりの冒涜だとは思わないのでしょうか。
 
 私はこの話は、大阪の機動隊員による「土人」発言と表裏をなしていると思えてなりません。もちろん、「土人」などという言葉が許されるはずがありません。しかし基地反対派は、若い機動隊員たちに我慢の限界を超える罵声を浴びせ続け、家族に危害を与えるかのような脅迫までして、売り言葉に買い言葉でつい汚い言葉を出してしまったら、鬼の首を取ったかのように喧伝する。それによって、沖縄と本土の分断を図ろうとするのです。これは「沖縄は見捨てられた」という嘘を教えて、沖縄の人びとの心をささくれ立たせるのと同じ手です。人の心を汚れた手でかき乱し、悪しき感情を煽り立てる、あまりに卑劣な手法といわざるをえません。
 
 いまはウェブで検索をすると、反対派の暴力行為を記録した映像をすぐに見ることができます。国有地に反対派が無許可で建てた小屋を撤去するように伝えにきた職員を反対派が取り囲んで暴言を浴びせ、髪の毛を引っ張り、ひざまずかせている映像まであります。しかも、このような暴力行為が行なわれているのに、機動隊は遠巻きにして何もしない。文化大革命のころの中国では「革命無罪」などといわれ、紅衛兵の暴力がむしろ奨励されるような酷い状況でしたが、現状の沖縄は同様な「反基地無罪」の無法の地となってしまったかのごとくです。
 
 しかも、「反基地無罪」の暴力行為を行なっているのは、多くが本土からやってきた政治活動家だといわれます。沖縄主要二紙がそれとタッグを組んで、沖縄県と本土を分断するかのような記事で煽り立て、「琉球独立論」などというほとんどの県民が望んでいないことを盛んに主張する。さらに一部の政治家がその運動に乗っかり、県民の心をかき乱すことで票を取ろうと躍起になっているのです。
 
 沖縄県民は、こんな状況を許すのでしょうか。私は、これまで剛毅で心優しい文化を育んできた沖縄の方々が、こんな無法を許しつづけるはずがないと信じています。心ある沖縄の人びとは、いまこそ声を上げるべき時ではないでしょうか。そうでないと、取り返しのつかないことになりかねない。そこまで悪しき状況は進んでしまっています。

20161112 八重山日報

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