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山田宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」公開中!
政治に関する考えから、日々の気づいた事柄まで何でもご紹介致します。

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救援第3弾~宮城県気仙沼市と南三陸町
2011.03.24

 

 昨日は、松下政経塾の同窓である小野寺五典代議士の地元である宮城県気仙沼市と南三陸町を救援で訪ねた。この両地区とも、今回の大地震の被災地としては最大級の被害を受けた場所である。

 

 気仙沼市の中心部も大きな被害を受けていたが、中心部から海岸沿いに南の町や村(気仙沼市内)は、ほとんどが壊滅状態だった。家や建物は跡形がなく、橋脚は落ち、道路が寸断されていた。またさらに南にある南三陸町は、津波で町の中心部すらそっくりなくなってしまっていた。

 「一体ここで何が起きたんだ」

と、茫然自失、言葉を失う。

 

 

 気仙沼市の菅原市長と、震災本部のある防災センターで面会した。

「多くの住民が住居を失った(ご自身も)。またかろうじて住居のある方も家の食糧や生活物資が底を尽き、避難所に集まりつつある。県が進めている仮設住宅もあと数ヶ月かかるので、今の課題は長期化する避難所生活の維持だ。だから『継続的な』支援をお願いしたい」

「特にいま必要なものは、まず食糧。米、調味料、そしてレトルト食品や缶詰。動物性タンパク質が不足してきている。次に衣料。特に下着類はすぐ欲しい。お風呂に入れないので、体を拭けるウェットタオルや、高齢者、赤ちゃん、女性用の衛生用品。その他生活用品。またガソリン、軽油、灯油。また避難所で使う畳などもあったら嬉しい。みな段ボールの上で寝ている」

 

 気仙沼の状況は、これまで救援に伺ったどこよりも厳しいと感じた。すぐ一緒に活動しているウィンローダーさんに連絡をとり、必要な物資をとりあえず10トントラックで運んでいただくことをお願いした。

 

 南三陸町の佐藤町長とは、高台にある町のセンター内にある薄暗い震災本部(まだ電気が通っていないのだ)で面会した。

 町長は、震災時に町の中心部にある町役場の隣の防災センター(写真中央部のアンテナ塔のある建物)の屋上で、30数名の職員と打ち合わせをいている時に、津波に襲われた。11メートルある3階建てのセンターを超える大津波は全く想定しておらず、皆流された。そして町長ら7名は屋上の鉄柵にたまたま引っかかって助かったそうだ。その夜は雪。凍える中濡れた体で、第二波第三波の大波を、屋上のアンテナ塔に上って乗り切ったそうだ。

 

 

「交通事情もあり、南三陸町は気仙沼より物資は充足してきている。何よりもいま必要としているのは、ガソリン、軽油、そして灯油。特に軽油は、ご遺体の焼骨やがれき撤去の重機の燃料で、かなり不足している」

「ここの住民のほとんどが住居を失った。だから避難所生活の長期化が避けられない。『継続的な』支援を必要としている」

と、町長。

 

 昨日朝7時に都心を立って、帰宅したのは今朝4時半だった。

 

 「日本を創新する会」は、その首長や地方議員のネットワークを活かした救援活動を進めています。被災地の首長に直接会って、「必要なものを、必要なだけ、必要な時に、直接届ける」ことを原則として、これからも救援活動を展開していきます。

 そのためには、皆さんのご協力ご支援が是非必要です。義援金、救援物資、そしてボランティアの登録にご協力ください。詳しくは下記赤地の「日本を創新する会」のウェブをご覧ください。

 よろしくお願いします。

 

http://www.soushin-net.jp

 

救援第二弾~福島と宮城に行ってきました
2011.03.20

 

昨日(19日)は、トラック一台とボランティアの車3台で福島県白河市と宮城県塩竈市、そして多賀城市に救援物資を届けた。片道約350kmを往復したので、朝6時に出発して帰ってきたのが0時だった。

 

 私たちは、「日本を創新する会」の特色である首長のネットワークで、被災地の必要物資を正確にお聞きして直接届ける活動を展開している。昨日は中田前横浜市長のつながりで、白河市の鈴木市長と塩竈市の佐藤市長からの要請に基づき、灯油1600リットルをはじめ、軽油、水、老人や女性や赤ちゃんの衛生用品などを届け、大変喜ばれた。

塩竈市長からは、「隣の多賀城市の方がもっと酷いから、半分をそちらに回してほしい」とのご配慮を受け、多賀城市の菊地市長にもお届けできた。

 

 

 白河市は岩盤が固いため家屋の倒壊等は少ないが、土砂崩れで14人の方が生き埋めになった。「福島県産は放射能汚染されているという誤った風評で、農産物が送り返されてきている」と、白河市長は嘆いていた。

 簡易な放射能測定器を、風評被害を受ける恐れのある自治体や農家等に広く配布して、「安全」を再確認して公表できるしくみをつくる必要があるのではないか。

 

 塩竈市や多賀城市、また途中で見た仙台市若林区は、津波で家屋が消え失せ、車や大型トラックがゴロゴロ転がり、腐った海水と油の混じった異臭がする、まさに荒れ地状態だった。さすがに言葉を失った。「次々に運び込まれるご遺体の、焼骨のための油が足りず、住民に回すべき灯油などを流用するが間に合わない」と、塩竈市長。

 両市も電気が復旧し、水道も徐々に復旧し始めていた。

 

 

 政経塾の同窓の村井宮城県知事に電話して話を聞くと、「焼骨は間に合わないので、国と相談して土葬の準備をしている」とのこと。また「いまだに交通が寸断されて孤立している地域もあり、情報が入らない」と苦悩していた。

 「石巻以北が厳しい」と塩竈市長も話していた。自治体の復旧速度に大きな差が出てきているので、支援物資の内容はよく被災地の自治体と連絡調整しなくては、せっかくの善意も、被災地の負担になりかねない。

 

 最後に、今回の救援活動にご協力いただいた皆さん、とりわけトラックと社員の方々の多大なご支援いただいた(株)ウィンローダー様、ボランティアとして参加していただいた皆さん、また沢山の灯油を集めご提供いただいた皆さん、さらに必要な救援物資を提供いただいた皆さんをはじめ、多くの方々に心より御礼申し上げます。

 

 ありがとうございました。

 

 私たちはこれからも、被災地に対しての必要な支援を最大限の力で進めていきますので、どうかご支援ご協力をよろしくお願いします。

 

震災救援 第一陣 茨城県に行ってきました
2011.03.17

 

昨日、東北関東大震災で大きな被害を受けた茨城県の被災地域を回って、当面の救援物資を届けた。伺ったのは、茨城県高萩市、北茨城市、ひたちなか市、そして大洗町だ。テレビでは宮城県、福島県、岩手県が大きく取り上げられることが多いが、茨城県や千葉県も地震や津波で大きな被害を受けている。

 

北茨城市の沿岸部では、漁船が陸で横転し、車が転がり、民家が崩壊していた。また高萩市では、津波とともに、道路がひび割れ崩落していたり、マンホールが飛び出してしまっていたり、また地滑りが所々おきて道路が寸断され、線路もまがって電車が停まったままになっていた。

 

どの地域も、大方電気やガスは復旧してきているが、水道の目処はついておらず、水不足の中で、自衛隊や自治体の給水車で対応している。私は高萩市役所の敷地で、自衛隊の隊員が、強風と寒い中で朝から晩まで、給水を受けるために並んでいる住民の方々に対応しているのを見た。またガソリンや灯油などの逼迫は、生活の足である車や寒さ対策を直撃している。

 

 

さて私たちの救援活動は、高萩市の草間市長(上の写真・政経塾の後輩)の要請に基づき、市長とよく連絡ととりあって救援物資を選び届けたもので、これは全国の知事や市長や地方議員を主体とする「日本を創新する会」ならではのネットワークが活きた形だ。

 

また関西地区の志ネットワークや青年塾の方々が、一日で大量の支援物資を関西地区で自らが購入され集め、トラックなどの手配に八方手を尽くし、そして夜通しかけてボランティアが名神、東名、常磐道を往復されたことが、この活動がスピーディに行われた根幹の原動力であった。心から敬意と感謝を申し上げます。

 

高萩市の草間市長からは、できればさらに雨漏り防止のブルーシート、塩、サランラップ、ガソリンや軽油、そして灯油などの支援の要請があった。物資が集まり次第届けたいと思う。また他県の被災自治体の首長さんとも、現在連絡をとっており、できる限りの支援の輪を広げていきたい。

 

どうか皆さんの力強いご協力ご支援を「日本を創新する会」によろしくお願いします。

 

 

最後に、がんばっていただいた関西地区の志ネットワーク、青年塾関係者の皆様、日本を創新する会の皆様、ボランティアで参加していただいた皆様、その他ご協力をいただいた皆様に心から感謝申し上げます。

また、高萩市の草間市長、大洗町の小谷町長、ひたちなか市の本間市長、そして北茨城市の豊田市長をはじめ、各役所の職員の皆様、大変な状況の中私たちに暖かく対応していただきありがとうございました。

まだまだ厳しい状態が続くとは思いますが、是非がんばってください。

 

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