山田宏の公式ブログ
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山田宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」公開中!
政治に関する考えから、日々の気づいた事柄まで何でもご紹介致します。

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大阪市特別顧問
2012.01.29

橋下市長からの依頼を受け、1月27日に大阪市の特別顧問に就任しました。

 

橋下市長とは、4年ほど前から「首長連合」として、当時は橋下大阪府知事、中田横浜市長、中村松山市長(現愛媛県知事)と私(当時は杉並区長)の4人でタッグを組んで、地方への権限と財源の委譲を国に求めてきた仲で、これまでいろいろと意見交換をしてきました。

 

今回の橋下市長の最も大きな公約は「大阪都構想の実現」で、今の大阪市と大阪府を一体化して「大阪都」とし、大阪市の24の行政区は自律した予算と事業を行ないながら、将来は東京の特別区のような公選区長の下で「市」のような独立した自治体をめざすというものです。

 

私は53万人の杉並区長としての経験から、260万人の大阪市や370万人の横浜市のような大規模な政令市は、住民に一番身近かな基礎的自治体として「住民の声に敏感に適切に反応する役所」とはなり得ないもので、基礎的自治体として適正な規模(私はせいぜい50万人と考えている)の自治体に分割すべきと主張してきました。

 

私は市長という存在は、住民から直接選ばれた一番身近な行政官でなければならず、毎日役所に寄せられる住民からの手紙やメールに目を通すような存在でなければおかしいと思ってきました。現に私は、区長在任中11年間にわたって、ほぼ毎日すべての手紙やメールに目を通してきましたし、「これはその通りだ」と思う意見については担当者に改善を指示したり、また私自身が直接手紙を書くこともありました。これが選挙で選ばれた一番身近な自治体の長しかできない大事な任務と信じてきましたし、また私が毎日区民からの苦情等に目を通していることが職員に伝われば、職員も緊張感をもって仕事に当たることにつながるのです。

 

市区町村の長とは、「行政の小売店」の「社長」みたいなものであるべきで、それが100万人以上の政令市でもなれば、その市長はおそらく市民からの手紙など直接目にする機会もないでしょう。市民が訴える意見などは、ほとんど役所の課長が処理することになり、市長とは巨大な官僚機構の上に乗っているだけのシンボルになっていくか、住民の切実な声にはほど遠い思考で判断していくようにならざるを得なくなるのです。これでは選挙で選ばれる一番身近な首長の意味をなしません。

 

その点で「大阪都構想」の方向性は正しいと、私は思います。

 

特別顧問としての私の役割は、大阪市24区の「特別区」移行への道筋をつけること、そしてこれから選ばれる24区の「公募」区長に対して、「特別区とは」「特別区の区長とは」ということについて、杉並区長としての経験を伝えていくことが主なものとなります。是非、大阪から日本を変えていくお手伝いができればと思います。

 

ということで、今後は時々大阪にも出張することになります。。。

新成人へのメッセージ
2012.01.09

成人式おめでとう。

 

多くの新成人の皆さんは、今日という人生の節目を、きっとまだ見ぬ将来への希望と不安の入り交じった気持ちで迎えているのだと思います。またそれはいつの時代の若者が共通して持つ思いでしょう。

 

ただ今日という日に、「子供」気分から「大人」意識へ少しでもハンドルが切れるか切れないかで、皆さんの人生を大きく変えてしまうことになると思います。

 

そこで今日は、新成人を迎えた皆さんが本当の成功と幸福をその手でつかめるように、私は特に今日唱えたい魔法の言葉をお教えしたいと思います。

 

それは「ありがとう」という言葉です。

 

「なぁ~んだ」なんて言わないで、最後まで読んでください。

 

さて、誰に対して「ありがとう」か。

 

まず第一に感謝しなければならないのは、何と言っても、皆さんを生み20年間育ててくれたご両親です。当然のことですが、いま皆さんがここにいるのはご両親が生んでくれたからです。皆さんという存在は、ご両親という尊い存在なくしてなかったのです。この当たり前のことにきちっと感謝できることが、「子供」気分と「大人」意識の大きな境目になります。「子供」とは相変わらず「今」を当たり前に思い続ける者であり、「大人」ならば「今」を有り難いと思えなければなりません。

 

是非今日家に帰ったら、ご両親に「ありがとう」と言ってあげてください。少し恥ずかしいなら、紙に「ありがとう」と書いていつものテーブルにそっと置いておいてください。皆さんのこの一言でご両親がどんなに嬉しいか。救われた気持ちになるか。皆さんも人の親になったとき初めてわかります。

 

次にご両親に感謝できたら、その尊い両親を育んでくれた故郷、つまり日本という国にも感謝できなければなりません。今の日本を支えている多くの人々だけでなく、この素晴らしい国を築いてくれた先人たちに「ありがとう」という気持ちを持ってほしいと思います。

 

私は杉並区長として11回、区主催の成人式でお話をしてきましたが、新成人の皆さんに感謝をしてほしい多くの先人たちの一人として、約70年前に戦死された20歳の若者の遺書を読んできました。その遺書は、靖国神社に納められている「英霊の言の葉」という、戦争で尊い犠牲をはらった方々の遺書集の中から選んだものです。

 

「お父様お母様。ただいま出撃命令がでました。私は立派にやって参ります。本当はその前に最後のお礼とお別れを申し上げたかったのですが、その暇もなく行かなければならないことをお詫び申し上げます」

「私の鞄には、缶詰やお酒が入っています。軍から支給されたものを皆様とご一緒に食べようと残しておいたものですが、それも叶わぬ夢となりました。どうか皆様で召し上がってください」

「それでは行って参ります。長い間お世話になりありがとうございました。お体お大事になさってください。ごきげんよう。さようなら。」

 

といった内容ですが、この遺書を読み始めると、いつも会場は瞬く間にシーンと静まり返ります。

 

こんな20歳の方もいらしたのです。今日皆さんはきれいな着物を着て、友人と美味しいものを食べて楽しい成人式を過ごされると思います。また皆で今日のおめでたい日を楽しく過ごすこともいいことでしょう。しかし今日乾杯する時には、どうか「70年前にこんな20歳の方もいたんだ」ということを思い出して、このような私たちの国を残してくれた先人たちにも、心の中でそっと「ありがとう」と言って乾杯してほしいのです。そしてその人たちの分まで、これからの人生を大事に生きてほしいのです。

 

そしてその人たちが尊い命をかけて守ろうとしたこの日本という国を、今度は皆さんの手でもっと立派な国にして、次の世代につないでいってほしいのです。

 

皆さんというかけがえのない存在を世に送り出してくれたご両親に「ありがとう」と感謝でき、そしてその尊いご両親を育んでくれた私たちの国を築いてきた多くの方々にも「ありがとう」という気持ちを持てた時、皆さんは初めて「大人」の仲間入りができ、皆さんの人生が実りの大きいものになっていくと思います。

 

今日はそんな日です。

 

だから、おめでとう。

新年を迎えて
2012.01.02

新年あけましておめでとうございます。

 

 大きな天災と混迷の人災の中で過ぎ、「辛い門」となった辛卯(かのと・う)の平成23年から、壬辰(みずのえ・たつ)の平成24年を迎えました。

 「壬」は「妊」「任」。新しい命(時代)の胎動をはらみ、人々に責任を担わせる年。「辰」は「振」。時代が大きく揺れ、「今まで」が瞬く間に「過去」となって振るいにかけられる年。

 おそらく来年の「癸巳(みずのと・み)」の最後の「陰」の年を経て、再来年の「甲午(きのえ・うま)」の「陽」の循環が始まるまで大変化となるでしょう。

 

 その中で新しい時代を創っていくのは、付和雷同せず信じた自分の使命をひたすら追求する人。過去の成功体験などもきっぱりさっぱりと脱ぎ捨て、「本日開店」の心意気でゼロからかつてない困難に挑もうとする人です。

 

 さて今年は、台湾、ロシア、中国、米国、韓国、そして北朝鮮など、わが国を取り巻く国々の国家指導者の交替時期を迎え、何が起きてもおかしくない国際環境にわが国が置かれます。またヨーロッパでの金融、財政危機の行方が世界経済に大きな影響を与え、デフレと超円高にあえぐ日本経済にさらに打撃が加わりかねません。

 

 その中で野田首相は、将来の消費税増税と社会保障のレベルダウン、議員や公務員の大幅削減、武器輸出三原則の緩和や集団的自衛権の行使への外交防衛政策の大幅転換など、与野党や国民にも不人気な政策課題にも取り組んでいくことになるでしょう。

 そして、もし野田首相がそれだけの信念を貫いていけば、必ず政権は行き詰まり、遅くとも6月の通常国会会期末には、昨年の「管おろし」ならぬ「野田おろし」の嵐が吹きまくることになります。

 

 その時です。野田首相が「大石内蔵助」になるのか、それともただの「昼行灯」にしか過ぎなかったのかが試されます。私は30年近く彼と付き合ってきて、彼はいざとなれば「大石内蔵助」になってくれると信じていますが。。。。

 

 「その時」がくれば、今年こそ必ず「真に日本を愛する」多くの皆さんと、日本政治の「大転換」につなげたいと決意しています。

 

「新しき年の始(はじめ)の初春の 今日降る雪のいや重(し)け吉事(よごと)」(大伴家持 万葉集)

 「降る雪が積もるように、めでたきことが重なっていく年になってほしい」という願いを込め、大伴家持が不遇な時代に詠んだ歌です。

 

 厳しい冬のあとには、必ず暖かい春が待っています。

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