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山田宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」公開中!
政治に関する考えから、日々の気づいた事柄まで何でもご紹介致します。

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独立回復記念日ー国民の安全と自由の根源である「国家としての日本」を取り戻す決意を新たにしたい。
2017.04.28

今日はわが国の独立回復記念日。
 65年前の1952年4月28日サンフランシスコ講和条約が発効し、わが国は7年間の米国の占領から主権を取り戻した。
わが国が7年もの間、外国統治されたことを知る国民は今や少ない。
沖縄はさらに20年も米国の占領が続けられ、1972年に本土復帰を果たした。
 米国統治下の7年間に、現憲法をはじめ今の法体系の基本が作られた。
つまり米国の主権、事実上の主権者マッカーサーの命令で制定されたものだ。
 また11の宮家51人が皇籍を離脱させられ、そのために今日、皇位継承者の減少問題に直面し、常に皇室存続の危機にさらされることとなった。

 7年間の米国の占領政策の基本は、日本が再び米国の挑戦者にならないように、国家として弱体化させ、米国に従属させ、日本人としての誇りや名誉を粉々にすることにあった。
そして7年間の間に、米国の意向に沿う日本人達を各界のリーダーにすえ替えた。

 独立回復記念日。
国民の安全と自由の根源である「国家としての日本」を取り戻す決意を新たにしたい。
 
 どの国でも当然の「自分の国は自らが守る」規定の無い憲法ではなく、国防に当たる「自衛隊」を憲法に明記すべき。
 また皇位の安定的な継承のため、マッカーサーが廃止した旧皇族の復帰検討も必要。
 そしてロシアに奪われたままの北方領土を取り戻すまでは、本当の意味での主権回復の日は来ない。

渡部昇一先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます
2017.04.18

渡部昇一先生がご逝去された。
二ヶ月程前にあるパーティでお目にかかり、車椅子の先生にご挨拶した際「少し痩せられたかな」と心配したが、先生は笑顔で励ましてくださった。

私は11回の選挙を経験し3回落選したが、落選の度に渡部先生の門を叩いてお教えを乞い、私の国家観・歴史観の柱が出来た。

サッチャー元首相の信念を形成したとされるハイエクの「隷属への道」、中村粲先生の「大東亜戦争への道」、

パル判事の「パル判決文」などを、先生のご指導のもとで丹念に読み議論をさせていただいた。

また昭和の軍事史や頼山陽の「日本楽府」なども勉強させていただいた。

 

30代の時に、マッカーサーの「日本が戦争に飛び込んで行ったのは、ほとんどが自国の安全のためだった」という証言を教えて頂き、

その時に覚えた証言の英文の原文を何故か暗記していたら、新しい歴史教科書採択時の杉並区長としての答弁に役立った。
資料は一次資料に当たらないといけないと知った。

 

渡部先生は、私が杉並区長時代に、お隣の練馬区から杉並区に転居され、区長時代も何かとご指導いただいた。
私のパーティや会合にもほとんど出席していただいた。
私にはなくてはならない大先生だったし、日本にとってなくてはならない碩学だった。

 

今我が国は、「戦後」の大きな分岐点の中で、国家としての自立の道を踏み出し始めなければならない時。
もう少し先生にはお元気にご指導頂きたかった。
本当に悲しく残念の一言に尽きる。
渡部先生ありがとうございました。
どうか安らかにお眠りください。

ぜひもう一度「教育勅語」を素直な心で読んでみてください
2017.04.02

≪教育『勅語』は、「誓いのお言葉」
〜教材に教育勅語、否定せず 政府「憲法に反しない形で」:朝日新聞デジタル〜 ≫

 

また朝日が、鬼の首を取ったようにおどろおどろしく報道する。
明治23(1890)年のものだから、その時代を反映した表現だけを抽出して批判するのは、本質的ではない。

 教育「勅語」は、朝日新聞が言うような天皇の「教え」ではなく、「私も努めるから、国民の皆さんも一緒に努力しよう」という「誓いのお言葉」が本意。

 

 今回の森友問題の副次的な効果は、これまで教育勅語に触れる機会がなかったが、初めて教育勅語を読んだという国民が増えたこと。
「口語訳で読むと違和感はない」との感想も多い。

 

 教育勅語は、明治23(1890)年の明治憲法発布に合わせて発せられた。
当時の明治政府の最大の課題は、幕末に列強諸国と締結した不平等条約の改正で、そのためにわが国が西洋的な「近代国家」であることを、列強に示す必要に迫られていた。
そこで、極端な欧化政策と共に、西洋諸国と同じような憲法を制定する必要もあった。
だが欧化政策を進めると、わが国が伝統的な国民精神とのバランスを欠くことになることを危惧した政府は、天皇の「誓いのお言葉」として、わが国の伝統精神を大切にしようと呼びかけたのが「教育勅語」だ。

 

 ただ「教育勅語」を発するに当たり、当時の政府は「日本は復古的な異質な社会のまま」との世界からの批判や誤解を恐れて、発布前の「教育勅語」を英仏独語などに訳して、西洋諸国の学識者たちに送り、事前に意見を聞く慎重な対応をとったことは、あまり知られていない。
 その上で、「問題なし」と判断して発表されたのが「教育勅語」。
「教育勅語」を読むと、儒教だけではなく、「夫婦相和し」など儒教にはないキリスト教的な徳目もあり、また開明的な五箇条の御誓文の影響も見受けられ、その精神は古今東西に通用する、概ね普遍的な徳目というのが、当時の世界の評価。だから、ヒトラーとの握手を拒み追放され、戦後西ドイツの首相となったアデナウアーが、首相執務室に明治40年ドイツ語版の「教育勅語」を掲げて、座右の銘にしていたこともうなづける。

 

 私は、是非この機会に多くの国民の皆さんに「教育勅語」を、素直な心で一度読んで見ていただきたいと思う。
どうか皆さん、ご自身の目で、素直な気持ちで読んでみてください。

 

こちらの明治神宮のHPにも、教育勅語についての解説があります。
http://www.meijijingu.or.jp/about/3-4.html

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