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山田宏の公式ブログ「やまぞーが行くぞー」公開中!
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8月19日尖閣訪問レポート
2012.08.20

 

 8月18日の夜8時半、私の乗った10人乗りの小型漁船「ZENKOUMARU2」は、他の漁船とともに尖閣諸島に向け石垣港を静かに出航した。空は満天の星。さそり座もオリオン座も、そして天の川もハッキリ見える。もっと沖合にでれば、さらに夜空がゴージャスになった。波は運良く比較的穏やかだったので、私は甲板でいつの間にか寝てしまった。

 

 船が泊まっているような気配で目が覚めた。辺りは真っ暗だが、目の前に大きな島影が目に入った。翌19日朝5時。初めての魚釣島だ。徐々に明るくなり、美しい東雲の中で約20隻の漁船団が、大きな日の丸をはためかせて停泊している姿を見て深い感動を覚える。遠くには2隻の海上保安庁の巡視船が見守っている。

 

 6時半、全ての漁船団が魚釣島沿岸に集合して、訪問の目的である慰霊祭が挙行された。

 

 

 戦争も敗戦色の濃い昭和20(1945)年7月、主に石垣島の女性や子供たち約180人を乗せ、台湾(当時は日本領)に疎開するために向った2隻の船が、台湾に到着直前に米軍に発見され攻撃を受けて一隻は沈没、もう一隻も大破しながらも近くの魚釣島に漂着した。暑さと飢餓と戦いながら、やっと発見されたのが一ヶ月後の8月18日、そして生存者が石垣島に帰れたのが19日だ。その戦闘や飢餓で亡くなった方は80人以上と言われている。今から67年前の出来事だ。

 

 魚釣島には、昭和44(1969)年に建立された遭難慰霊碑があるが、1970年前半から中国が領有権を主張し始め、石垣市の強い要望にも関わらず政府は現地に上陸しての慰霊祭は認めず、石垣市は毎年石垣島で慰霊祭を挙行せざるを得ないでいる。自国の領土でありながら、悲惨な運命で亡くなられた自国民の先祖の現地での慰霊も認めないというのは、わが国はどうかしてるのではないか。

慰霊という、人間の根源的な営みを国が制限できる大義とは何か。明確に聞かせていほしい。

 

 昨日の慰霊祭も魚釣島上陸は許可されず、海上で神職のもとで厳粛に行われた。本当に静かな、霊験なひとときだった。慰霊祭が終わると、全員で君が代を斉唱した。

 

 一筋の涙がほほを伝わるのを感じた。

 

 その後、全船それぞれ自由解散ということになり、私たちの船はまず魚釣島を一周した。想像より大きく険しい島だった。そしてそのあと北小島、南小島の近くまで行き、魚釣島も含めてこのような尖った島々で成り立っているので、尖閣諸島と名付けられたわけがよくわかった。

 

 そして、再び魚釣島に戻ってきてみると、

「あれ?!誰かが海岸で日の丸を振ってるんじゃない!!」

「本当だ!上陸したんだ!」

「一人じゃないよ。7.8人いる」

 

 

 灯台にも、岩にも、日の丸が。

 巡視船は遠巻きに停泊し、海上保安官二人が乗ったゴムボートが海岸に近寄ったり、離れたりしているが、上陸する気配はない。

 

 そうなのだ。海上保安官は海上のみの警察業務しかできず、上陸した時点で管轄権は警察に移るので、もし何かをしようとしても八重山警察の到着をまたなければならない。だから、先日の香港活動家の尖閣上陸事件でも、あらかじめ魚釣島に警察官を待機させていたのだ。(現在国会では、この法の不備を補うために、海上保安官でも尖閣諸島での不法入国の上陸事件に対処できるよう、特別法の検討が行われている)

 

 沿岸に停泊している同行した船の方に経緯を聞いてみた。それによると、自由解散となったあと、一人の男性が飛び込んで泳いで上陸し、あとを続くように次から次へと飛び込んでいったということ。上陸した10人の中には、私の知っている人も多い。創新党所属の小坂区議会議員もいる。皆真に国家と国民を愛する、そして自らを厳しく律することのできる「もののふ」ばかりだ。

 

 彼らは止むに止まれず飛び込んだのだと思う。中国人による傲慢であからさまな主権侵害行為には毅然と対応せず、日本人による当たり前の慰霊祭すら上陸を認めようとしない政府に対して、日本国民として筋を通そうとしたのだと思う。

 

 彼らの行為を「ルールを守るべきだ」「法を犯してはならない」などと、わかったような顔で批判することはたやすい。確かに彼らの行為は、「許可なく他人の土地に侵入した」という軽犯罪法違反かもしれない。そして彼らは逃げも隠れもせず、きちんと事情聴取を受けたし、仮に違法であれば粛々と法の裁きを受けなければならないし、受けるだろう。しかしたとえ法の裁きを受けても、彼らが示そうとした「法」を越えたあるべき「道理」を、政府が、私たち国民が、深く考えることを怠っていけば、さらに日本が他国に侮られ、主権侵害に鈍感になり、ひいてはその守るべきわが国の「法」そのものも侵されていくことに、もうそろそろ気づくべきだと思う。

 

 私は、速やかに与那国島をはじめとした南西諸島の防備を固め、尖閣諸島にはできれば自衛隊の小隊の常駐をさせて、抑止力を強化すべきと考える。魚釣島は大きいし、尖閣諸島の海域は広い。次回中国「漁船」が大挙して押し寄せてきた時には、もう防備することは不可能だと実感した。一旦取られてしまったら、もう竹島と同じ運命となる。

 

 

 歴史は、他国と対峙する覚悟のある国のみが、初めて他国と交渉できるという厳然たる事実を教えてくれる。「平和だ」「話し合いだ」「友愛だ」などと訴えれば、道が開けるなどという幼稚な幻想からそろそろ目を覚まして、時には毅然と、時には狡猾に、時には冷徹に、軍事力、経済力を駆使する大人の外交大国に成長して、わが国の国益をしっかり守れるよう、着々と手を打っていく日本国に変えていかなければならない。

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