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ロシア訪問記(PART3)~北方領土問題とは
2012.11.09

  最後に、北方領土問題について簡単に触れておきたい。

 

 北方四島は、歴史的にも一度もロシアの領土になったことはない、わが国固有の領土であることは間違いのない事実だ。長年にわたり多くの日本人が住み、

墓地もあるが、ロシア人が住んだ形跡は、ソ連が占領するまで存在しない。

 

 1854(安政1)年に日露和親条約で択捉島とウルップ島の間を国境線と定め、その後1875(明治8)年の樺太・千島交換条約で、国境が不確定だった樺太と「千島列島(Kril Islands)」を交換して、わが国は「千島列島」を領土とし、さらに1905(明治38)年の日露戦争の勝利で南樺太を得た。

 

 つまり「千島列島」とは、ウルップ島以北の島々を指している。

 

 しかし、大東亜戦争の終結直前の1945(昭和20)年8月9日に、ソ連は突如日ソ不可侵条約を一方的に破り日本に参戦、8月15日に日本がポツダム宣言を受け入れて武装解除をした後も、無防備な当時の日本領に侵入し千島列島に沿って南下し、北方四島まで奪った。その後1951(昭和26)年のサンフランシスコ講和条約で、わが国は「千島列島」の領有権を放棄した(ソ連に渡した訳ではない)。

 

 この歴史的経緯をみても、放棄した「千島列島」に「北方四島」が含まれていないことは自明で、ロシアは不当不法に奪ったわが国固有の領土を返還すべきだというのが、わが国の主張だ。

 

 一方ロシア側は、1945(昭和20)年2月の米英ソのヤルタ秘密会談で、ソ連の対日参戦と「千島列島」のソ連帰属を約束されたもので、「千島列島」の一部である北方四島も、当然ヤルタ協定に基づきロシア領となったと主張する。

 

 しかし、米国はヤルタ協定の法的効果を認めておらず(つまり国際法ではない)、しかも前述したように「千島列島」の範囲には、歴史的に「北方四島」は含まれないのは明らかだ。

 

 今回の訪ロでも、私は面会したほとんど全てのロシア関係者に対して、わが国の主張と「北方領土」問題の早期決着を求めたが、ロシア側の答えは「北方四島は歴史的にロシア領である。だが領土問題の存在は認める。領土問題の解決のためにも、まずロ日の経済や文化協力の強化が必要」とのことだった。

 

 ロシアでも世論の影響力が強まり、その傾向はますますナショナリズムに傾いており、この領土問題の決着にはかなりの時を要するだろうが、わが国としては「四島に対する日本の主権の回復が認められれば、その返還のタイムスケジュールは柔軟でよい」という考えで、私もこの線で粘り強く交渉に当たっていくべきと思う。

 

 決して「二島の主権」とか「四島全体の面積半分の主権」といった主権の妥協をしてはならない。国家主権で妥協をすれば、必ずわが国は他国からの侮りを受ける事態をもたらすからだ。

 

 領土問題の解決には、ロシアにとってどうしても日本の協力を得なければならない厳しい国際環境や国内環境が生まれてこないと困難かもしれない。わが国としては、そのタイミングを自ら作る戦略とともに、その機会を逃さないように十分注意し準備しつつも、一方でロシアに対する経済協力と安全保障強力、そして文化戦略を強化していくべきだろう。

 

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